2年生で甲子園優勝投手の現実を知る男が見つめる未来 京都国際・西村一毅が沖縄尚学・末吉良丞に送るメッセージ (2ページ目)
「最初はそこまで疲れを感じていませんでした。でも、これだけ打たれてしまうと、もう......。球数もかなり多かったですし(6回で131球)、自分では気づかないところで疲れがあったのかもしれません。それ以上に、山梨学院の打線はレベルが違いました」
【焦りとプレッシャーの1年】
成功体験を積み重ねた2024年の春から夏にかけてのシーズン。だが、最上級生となった昨秋から今夏までの1年間は、西村にとって苦い経験のほうが多かったはずだ。これが勝負の厳しさである。西村の言葉の節々には、そんな苦悩がにじんでいた。
「去年の甲子園で優勝させてもらってから、自分としては『2連覇する』という目標が生まれ、やるべきことは明確になっていました。ただ、秋、春を通して、簡単には勝てないという現実や、勝つことの難しさも強く感じました。
実際の試合では、どうしても焦ってしまう場面が多く、気持ちの持っていき方の難しさを痛感しました。自分の実力以上のことをやろうとしても、うまくはいかない。今の自分にできる最大限のことを、全力でやれるようにしないといけないと思いました」
3年生に支えられ、思う存分プレーできていた2年生の頃との違いを痛感することになった。
「去年の夏が終わってから、『おまえが引っ張っていかなアカンぞ』と言われるようになり、自分がやらなければ、という思いをずっと抱えてきました。でも、その気持ちがプレッシャーにもなっていたのかなと思います。下級生の時は、何かあっても3年生が何とかしてくれる、という安心感がありました。でも自分が3年生の立場になり、どう振る舞えばいいのかわからなくなって......」
小牧憲継監督は西村について、つかみどころのなさを挙げつつも、その一方で確かな成長の跡を認めていた。
「もともと、自分から何かをしようとするタイプではなかったですし、少ししんどいと感じると、すぐにあきらめてしまうところもありました。でも、上級生になってからは、そういう部分がなくなりました。2年生の頃は『公務員になりたい』と言って、野球に対して欲を見せることもなかった。それが今では、大学で頑張ってドラフト1位でプロに行きたい、と言えるようになった。それが、あの子の一番の成長です」
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