【夏の甲子園2025】先発完投時代から投手分業制へ 移行がもたらした選手の出場機会と成長のチャンス (4ページ目)
トミー・ジョン手術から復帰した健大高崎・佐藤龍月 photo by Ohtomo Yoshiyukiこの記事に関連する写真を見る
【トミー・ジョン手術を経て再び甲子園へ】
最後にもうひとり、甲子園を沸かせながら苦労した投手がいる。昨春の選抜で胴上げ投手となった健大高崎の佐藤龍月だ。佐藤は選抜優勝の喧騒にも動じず、同年夏の群馬県大会でも奮闘したが、その後、左ヒジに痛みが発覚。靭帯を損傷してトミー・ジョン手術に踏みきった。
およそ1年近くのリハビリを経て、この夏に戦列復帰した。しかし、球数制限があるなかでの起用だったため、リリーフの一角を担う役割に終始。初戦で敗れたこともあり、不完全燃焼のまま大会を去ることになった。
「手術を経験してこの舞台に戻ってこられたのは、応援してくれた皆さんのおかげです。その恩返しが少しでもできたのはよかったと思います」
そう語って笑顔を見せた佐藤だったが、内心は忸怩(じくじ)たる思いがあったに違いない。この夏は、30球前後という投球数制限のなかでリリーフに専念。これまであまり投げてこなかったスライダーも、1回戦の京都国際戦で投げた。
しかし、彼にとってはリハビリを経てここまで戻ってきた道のりにこそ価値がある。自分を見つめ直す機会になったと、佐藤は言う。
「ケガをして、フォームのどこに体への負荷がかかっていたのかをあらためて見直しました。出力を上げるために、体の強化なども含め、いろいろと取り組みました。僕はインステップで投げる際、上半身だけで投げてしまうことがあり、そのためヒジに負担がかかっていました。それにスライダーも投げるので、余計に負担が増えていたのです。そこでフォームを見直しました。今は連投しても疲労感はほとんどありません。まだリハビリ段階ですが、これからさらに高い舞台を目指して頑張りたいです」
佐藤はプロ志望届を出す予定だが、トミー・ジョン手術を受けたことが、どう評価されるかは未知数である。それでも、高校生ではなかなか経験しないケガを乗り越えたことは、大きな糧になるだろう。投球フォームをイチからつくり直したことや、登板はリリーフに限られたとはいえ、その経験は間違いなくプラスになったはずだ。
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