セオリー無視の前進守備で痛恨の同点適時打。それでも負けなかった一関学院の不思議な力 (2ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

 ここで一関学院ベンチから指示はなく、選手たちは前進守備を選択した。二塁を守る小杉晟(3年)はその意図を説明する。

「終盤になれば必ずキツい場面はくるとベンチで話していました。ピンチでも点数をやらないとチームとして徹底事にしていたので、前進守備をとりました」

 だが、打球は小杉の差し出したグラブをかすめてセンターへと抜けていった。意地悪な質問と思いつつも、小杉に聞かずにはいられなかった。

「『定位置を守っていれば捕れたのに......』とは思いませんでしたか?」

 小杉は申し訳なさそうな表情でこう答えた。

「あそこを抜かれて2点をとられた責任を感じました。『定位置を守っていれば』とも思ったんですけど、自分が捕っていればもっといい展開になったと思うので。『次は絶対に捕ってやる』と思いました」

 小杉に「攻撃的に守りたい意図があったという解釈でいいですか?」と確認すると、「はい、大丈夫です」と力強い返事があった。一関学院は伝統的に守備を売りにするチームである。守備への絶対的な自信から、前進守備を選んだということだろう。

 ただし、指揮官の高橋滋監督に話を振ると、高橋監督はまるで「敗軍の将」のような沈んだトーンでこう答えた。

「結果論ですけども、1点はいいから(内野を)うしろに下げておくべきだったなぁ......と、そのあとはすごく後悔しました」

勝ちに不思議の勝ちあり

 その場に立ってみないとわからないことがある。燃え盛る炎を遠くから眺めれば美しいかもしれないが、灼熱の炎を間近に見れば生死にかかわるため悠長なことは言っていられない。これまでも多くの高校球児たちが、炎に包まれたような熱狂の甲子園で戦ってきた。そこはすべてがセオリーどおりに事が運ぶ世界ではなかった。

「甲子園という舞台は、人間の冷静な判断を狂わせるような場所なのでしょうか?」。そう尋ねると、高橋監督はかみしめるようにこう答えた。

「私自身が初采配でしたので、最後の最後で的確な指示を出せなかったのは、まだまだ私の未熟なところだなぁと感じます」

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