「野球はもういい事件」のドラフト候補の今。恩師は信じて待つ (4ページ目)

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kikuchi Takahiro

 家事に悪戦苦闘しながら、貯金やアルバイト代、親からの仕送りでなんとかひとり暮らしをする。サボりたい思いに折り合いをつけながら、日々のグラウンドに足を向ける。ドラフト候補としては低レベルと笑われるかもしれないが、落合秀市というひとりの人間にとっては大きな前進なのだ。

 登板しない日には、「向いてない」と眠い目をこすりながらも、他のベンチ外メンバーとカウントボードのスイッチャーなど裏方仕事に精を出す。約束の時間に遅れたことを社会人経験のあるチームメイトの清水健介に諭されたことを、「自分のために怒ってくれた」と感謝できるようにもなった。

 元阪神の投手で、監督として落合を指導する橋本大祐監督は、入団後の落合をこう見ている。

「まだムラはあるんですけど、パッとスイッチが入るようにやる気になるときが多くなってきました。やる気があるときとないときがわかりやすいのですが、余計にダラけて見えるので損ですからね。誤解されやすいキャラクターというのは確かだと思います」

 一方であるNPBスカウトは、落合についてこう語っていた。

「ヤンキーというタイプではなくて、ただ幼いだけですよね。かわいげのある、先輩にかわいがられるやつだと思うんです。技術的には真っすぐとスライダーを同じように腕を振れるのがすばらしいですね」

 だが、まだ落合に対して厳しい声を向ける人もいる。高校時代の恩師である米原監督もそのひとりだ。

「『プロに行きたい』と言ってるのも、まだホンマに頑張ろうと思って言ってるわけじゃないですから。『お金がほしい』という目的が第一にある。それは別に悪いことじゃないけど、一時(いっとき)の金を目指してやってるだけ。本当に野球が好きやったら、続けるやろうけど」

 厳しい言葉の裏には、落合のこれまでの行動原理を身近で見てきた経験と、本気で落合の未来を思う親心があるからだ。"野球はもういい事件"のあと、和歌山東の指導陣は落合の気まぐれな意思表示に振り回された。「野球を続けたい」「やっぱりやめたい」、コロコロと変遷するたびに進路は振り出しに戻った。米原監督はあきれたように「頭下げてばっかりや」と笑った。

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