2020.08.18

「学校行事の悲劇」から1年。国士舘の
主砲は新スタイルで甲子園に挑んだ

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Ohtomo Yoshiyuki

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 1年ぶりの甲子園を黒澤孟朗(たろう)は骨の髄まで味わおうとしていた。

「初めて来た時は甲子園の雰囲気に圧倒されて、のまれて......。時間がすぐに過ぎていって、あっという間に終わってしまいました。でも、今日は甲子園をしっかり感じられて、楽しかったです」

磐城戦で待望の甲子園初安打を放った国士舘の4番・黒澤孟朗 黒澤は国士舘(東京)の主砲として、2年連続で春の選抜高校野球大会(センバツ)の出場権を得ていた。しかし、1年前のセンバツは黒澤にとって苦い記憶になっていた。

「去年は左足をテーピングで固めて、まるで自分の足じゃないみたいでしたから」

 国士舘では毎年1月に「武道大会」という恒例行事がある。武道をアイデンティティーにしている国士舘という学校にとって、大事なイベントである。だが、昨年の武道大会で悲劇は起きた。

 柔道で野球部員が2名、しかも4番打者とリリーフエースが骨折の重傷を負ってしまったのである。

 とくに4番打者の黒澤が寒稽古中に負ったケガは重かった。左足首の脱臼骨折、靭帯損傷で全治3カ月。救急車で運ばれた黒澤のセンバツ出場は絶望的と思われた。

 だが、手術後も車椅子に座ってバットを振るなど、甲子園出場に執念を燃やした黒澤は驚異的な回復を見せる。

 なんとかセンバツには間に合ったものの、本来の力は出し切れなかった。明石商(兵庫)に1対7で完敗。4番先発で出場した黒澤は3打数無安打で、7回の守備から大事をとってベンチに下がっている。

 当時の試合後、黒澤はこう語っている。

「自分の実力のなさで、結果が出ませんでした」

 不完全燃焼に終わった、甲子園の借りを返す。それが黒澤にとって大きなモチベーションになっていた。

 国士舘は昨秋の東京都大会で連覇し、2年連続でセンバツの出場権を得る。「鬼門」になっていた武道大会は、黒澤は柔道から剣道に変更する。柔道自体に罪はなく、安全に楽しんでいる人もたくさんいる。それでも、同じ轍を踏むわけにはいかず、ケガのリスクを少しでも減らしたかった。