2020.08.01

空タッチに「アウト」で猛抗議。
主将が目にしたグラウンド内外の混乱

  • 菊地高弘●取材・文 text by Kikuchi Takahiro

当事者が振り返る40年前の「大誤審」 後編

前編:元主将が振り返る40年前の「カワコウ」

「あの時の瞳は澄んでいた」

 埼玉県立川口工業高校には、そんな文言が記されたモニュメントが建っている。1977年夏の全国高校野球選手権大会出場を祝った記念碑だが、実は2019年に建てられたばかりだという。

「大脇(和雄)監督はあまり目立ちたくない人だったので、モニュメントの類いは作ってなかったんです」

 川口工業OBの国府田等(こうだ・ひとし)さんはそう振り返る。

現在、川口工業野球部OB会を務める国府田さん(左から3番目:写真/国府田さん提供) しかし、一時代を築いた大脇監督は2004年に逝去し、川口工業にとっては現在に至るまで1977年夏が史上唯一の甲子園出場になっている。当時の偉業を形に残すためにOB会が中心となって寄付金を集め、モニュメントを製作した。工業高校らしく、野球部OBの鋳物職人が格安の価格で引き受けてくれたという。

 現在の川口工業野球部は部員が集まりにくくなっており、3年生部員はほとんどいない。だが、国府田さんらOBには特別な思いがある。

「野球部だけでなく、学校としても元気がないのはたしかです。でも、今まで日本の経済成長を支えて、世の中に貢献する人材をカワコウ(川口工業)は生み出してきました。その火を消したくない。そんな思いを持ったOBは多いと思いますよ」

 国府田さんが川口工業を卒業して40年、密かにインターネット上で注目されたのは、国府田さんが高校3年生だった夏の埼玉大会決勝戦・熊谷商業対川口工業の試合映像だった。現在、再生回数は930万以上にのぼっている。

 問題のシーンは1対2と川口工業がビハインドを追う5回表の攻撃で起きた。川口工業のランナーの盗塁を阻止しようと投じた、捕手の二塁送球を熊谷商業のショートが落球。空タッチにもかかわらず、二塁塁審は高々と右腕を掲げ、アウトコールをしたのだ。