2020.04.15

ハンカチ世代で「MLBに最も近かった男」。
挫折を経て歩む指導者の道

  • 高木遊●文 text by Takagi Yu
  • photo by Takagi Yu

 まだ厳しい寒さが残っていた3月上旬。小雨が降りしきる千葉県木更津市の清和大グラウンドで、ひときわ大きな声を出し精力的にノックバットを振る男がいた。彼の名は村松伸哉(31歳)。現役時代と変わらぬ精悍な出で立ちで、現在は指導者の道を歩んでいる。

高校時代は巨人・坂本勇人と同級生だった村松伸哉氏 2007年7月、アメリカ・ノースカロライナで行なわれた第36回日米大学野球。この大会で最も鮮烈な輝きを放ったのは、当時早稲田大1年の斎藤佑樹(現・日本ハム)ではなく、アメリカ代表のメジャーリーガー予備軍でもなく、国学院大1年の村松だった。

 190センチの長身とムチのような腕のしなりから150キロを超すストレートとキレのあるスライダーを投じ、抑え投手としてアメリカの強力打線を次々とねじ伏せた。

 村松は3試合(4回2/3)に登板して2セーブ、無安打、無失点、6奪三振。圧倒的な成績を残して、アメリカ開催での初優勝に貢献して、文句なしの最高殊勲選手賞に輝いた。

 アメリカの地で一躍脚光を浴びた村松は、ネット裏に詰めかけたMLBスカウトたちからも「最もメジャーに近い男」と、高い評価を受けた。

 だが、ここから村松の成績は下降の一途をたどる。

 その年の東都大学秋季リーグで2勝7敗。さらに、2年になって以降は2勝しか挙げることができなかった。