上野由岐子は「もう一回」が考えられず、東京五輪出場へ葛藤は長かった (2ページ目)

  • 田尻耕太郎●文 text by Tajiri Kotaro
  • photo by Sportiva

―― 気持ちを切り替えられたきっかけは何だったのですか?

「宇津木麗華監督......やっぱり麗華さんがオリンピックの代表監督に就任したことで、私も腹をくくらなきゃと思いました。なんて言うのかなぁ、麗華さんに恩返しをするという気持ちが一番でしたね」

―― 上野投手にとって、宇津木麗華監督はどんな存在ですか?

「もう両親よりも一緒にいる時間が長くなっているんですよね。今年で、私が高崎に来て20年目になるんです。(地元の)福岡には18歳までしかいなかったので、麗華さんと一緒にいる時間のほうが長くなっちゃった。もう、親と同じ信頼感ですよね。私のことを一生懸命考えてくれているのがひしひしと伝わってくる。だから、恩返しというよりは親孝行に近いかもしれないですね。

 北京オリンピックの金メダルも、麗華さんと出会っていなかったら獲れていなかったと思います。世界というのは、センスだけじゃ勝てない。麗華さんには技術だけではなく、駆け引きや戦略、戦術など、ソフトボールの"いろは"を教わりました。今でもすごいなと思わされることがたくさんあるし、アドバイスを受けることもあります。『練習が足りないよ』とか、『もっと投げ込まないといけない』とか。もう年齢的に任されることが多くなってくる立場ですが、麗華さんははっきり言ってくれる。そこに愛情を感じるし、私を見てくれているんだなと」

―― ところで2019年は、ビックカメラ高崎が日本リーグで優勝。決勝トーナメントでは1日2試合をひとりで投げ抜き、見事MVPに輝きました。その試合後のインタビューでの言葉がすごく印象的でした。

「あの時は思ったことをしゃべっただけで、何を話したのかあまり覚えていないんです」

―― 「喜びは一瞬。その一瞬のためにアスリートは365日努力をする」や、「たとえ優勝した日であっても、365日のなかに特別な日なんて存在しない」とか......。あの王貞治さんと同じようなことを話されていました。

「えっ、そうなんですか! 王さんと一緒だなんて、私すごいじゃないですか!」

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