2019.04.20

常総学院出身元プロ注目の強打者が
32歳でキックボクシングデビュー

  • 永田遼太郎●文・写真 text&photo by Nagata Ryotaro

 2005年7月25日、水戸市民球場。3点差を追う9回二死、常総学院の勝田憲司はネクストバッターズサークルから祈るような気持ちで戦況を見つめていた。打席に立つ選手が塁に出れば自分まで回ってくる。「この劣勢をなんとかしてやろう!」という気持ちもあったし、2年半をともに過ごした仲間への信頼もあった。

 しかし打者のバットが空を切り、主審の右手が上がりかかった……その瞬間、球場中が歓喜とため息に包まれたが、勝田は打席で泣き崩れる仲間に向かって「走れ!」と大声で叫んでいた。空振り三振かと思われたが、相手キャッチャーのミットからボールがこぼれていたからだ。

 だが、勝田の声はスタンドの大歓声にかき消され、仲間の耳には届かなかった。ゲームセット。受け入れがたい現実を前に、勝田はその場で呆然と立ち尽くしていた。

かつてはプロ注目のスラッガーだった勝田憲司 あれから14年の月日が流れた。

 久しぶりに顔を合わせた勝田はすっかり頬がこけ、大人の顔つきになっていた。

 今回、勝田と会うきっかけをつくってくれたのは、昨年、DeNAを退団し、今年から社会人野球のJFE東日本でプレーすることになった須田幸太だった。

 須田と勝田は、茨城県石岡市の府中中学校の軟式野球部出身で、須田は勝田の1学年先輩にあたる。今年2月にある媒体で須田のインタビューをした際、当時の茨城の高校野球についての話で盛り上がり、そこで勝田の話題になった。すると須田が「勝田、今度、格闘技やるみたいですよ」と教えてくれた。

 格闘技――勝田が選んだ新たなステージは、意外な気もしたが、どこか納得するところもあった。なぜなら、高校時代に勝田を取材した際、彼の口から当時人気が高かったK‐1や総合格闘技についての興味をそれとなく聞かされていたからだ。とはいっても、あくまで”見る側”としての興味であり、まさか”やる側”の人間になるとは、当時は思いもしなかった。

 ひとつ意外だったのは、勝田の現在の年齢である。高校卒業後、八戸大学から社会人野球の住友金属鹿島に進んで2年間プレー。野球を辞めてすぐの格闘技転向なら「なるほど」と納得できるのだが、そこから数年の歳月が経ち、勝田は今年32歳になる。