2016.01.07

レジェンド社会人・西郷泰之の伝言「死に物狂いで野球をやろう」

  • 中里浩章●文 text by Nakasato Hiroaki
  • 甲斐啓二郎●写真 photo by Kai Keijiro

西郷泰之インタビュー(前編)

 昨年11月25日、ひとつの時代が終わりを告げた。社会人野球の最高峰である都市対抗野球大会において通算14本塁打の大会タイ記録を持つ43歳の大ベテラン、Honda(ホンダ)の西郷泰之が現役引退を発表したのだ。これまでに積み重ねた実績は都市対抗優勝6回、社会人ベストナイン6回、1996年のアトランタ五輪銀メダルも含めた日本代表キャリア18回など、実に輝かしい。多くのファンに惜しまれつつ、ユニフォームを脱いだ”ミスター社会人”。その胸の内には、どんな想いが秘められているのだろうか。

1996年のアトランタ五輪では日本代表として銀メダル獲得に貢献した西郷泰之(photo by AP/AFLO)

―― 現役引退が決まったのは、具体的にいつのことだったのでしょうか。

「(昨年の)11月18日です。朝、監督の長谷川寿さんに呼ばれて『来季は構想外になっているから』と。毎年、いつ戦力外になるか分からないという気持ちで勝負していたので、そういう意味では覚悟もしていました。ただ、やっぱりいざ言われてみるとものすごく寂しいですし、できればずっと野球を続けたいという気持ちがありました。仕方のないことではあるんですけど、『もうちょっとやらせてくれよ』とも思いましたね」

―― 91年から三菱自動車川崎(のちの三菱ふそう川崎)でプレーし、2008年限りで活動休止となってHondaへ転籍した経緯があります。もちろん当時とは状況が違いますが、今回も他のチームで続けるという選択肢はあったのですか。

「いえ、そういう気持ちにはなりませんでした。家族からは『また他のチームでやってもいいよ』と言われたのですが、お世話になったHondaへの想いもありましたし、このチームに導いてくださった安藤強前監督の存在も大きかった。『Hondaで都市対抗の本塁打記録を塗り替えよう』という安藤さんとの約束があって、その想いでやってきましたから」