愚直に挑戦し続けた大家友和。
自身の壮絶野球人生を選手育成に活かす

  • ブラッド・レフトン●文 text by Brad Lefton
  • photo by Jiji Press Photo

 ベイスターズの寺田光輝は、蝶のようにはばたき、彷徨(さまよ)いながらコースを変えるボールをなんとかグラブのなかに収めた。寺田にとって、これまでの野球人生でこんな球を見たのは初めてだった。そのボールを投げたのは、今季から二軍投手コーチに就任した大家友和だ。

「選手たちは僕のことをいつもふざけていて、急にナックルボールを投げつけてくるおじさんだと思っている」

 そう言って、大家は笑った。しかし、ふざけているどころか、大家は2013年から挑戦したナックルボールで、41歳の昨年まで現役選手を続けた偉大な野球人なのだ。

マイナーからメジャーに上り詰め、現役終盤はナックルボーラーとして活躍した大家友和マイナーからメジャーに上り詰め、現役終盤はナックルボーラーとして活躍した大家友和
 2013
年以降、日米の独立リーグでプレーし、その間、2度もメジャー球団から春季キャンプ参加のオファーがあったほど、ナックルボールという独特な球種をマスターし、自分のものにしていった。

 大家の野球人生を変えたナックルボールだが、それを若い選手に教え込もうという気はない。ただ若い選手たちにとっては、ナックルボールは別としても、経験豊富な大家から学ぶことは多い。それは彼らにとって、きっとプラスになることだろう。

 大家にとっても彼らの可能性を引き出すことがやりがいであり、使命だと感じている。

「とにかく力を発揮させてあげたい。プロ野球に入るのって難しいじゃないですか。せっかく入ったのに、発揮できずにやめていく選手もいるわけで......。とにかく力を発揮して、勝負してもらいたいなと思います。それができないまま負けるのは、やっぱり面白くないですから。力さえ発揮できれば、努力の仕方やいろんな考え方ができるようになる。そうしたらうまくなれるんです」

 自身の可能性を引き出したものとしてナックルボールはまさにその象徴だが、このボールを覚えたのは大家の長い現役生活のなかの最終章にすぎない。それまでもプロの世界で生き抜くためにあれこれと試行錯誤を重ね、マウンドに立っていたのだ。

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