「鉄人」という看板を掲げた職人。グラブを全国に送る半端ない気持ち

  • 井上幸太●文・撮影 text & photo by Inoue Kota

【連載】道具作りで球児を支える男たち 湯もみ型付け(3)フクヤスポーツ新居浜

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 野球界の"鉄人"。こう聞いたとき、多くの野球ファンが思い浮かべるのは、故・衣笠祥雄氏(元広島)、もしくは、阪神を率いる金本知憲監督だろうか。しかし、野球グラブ界における"鉄人"は愛媛にいる。

「ありがとうございました! また来てくださいね~!」

 スタッフのなかでも、人一倍よく通る快活な声が店内に響き渡る。声の主は、愛媛県新居浜市にあるスポーツ店「株式会社フクヤスポーツ新居浜」の代表取締役を務める村上康二(やすじ)だ。

「鉄人」の愛称で親しまれる村上康二氏「鉄人」の愛称で親しまれる村上康二氏「湯もみ型付け」を施したグラブを、実店舗でのみならず、インターネットを通じて日本全国に販売を行なっている。そのサイトの名称「湯もみの鉄人」になぞらえ、ユーザーからは"鉄人"の愛称で親しまれている。

 不動産関係のビジネスマンから転じ、家業であるスポーツ店のスタッフに加わったのが2000年。当時28歳の村上には大きな不安があった。

「大学卒業後の5年間、サラリーマンとして不動産関係の会社に勤めていました。そこで経営に関する知識を学ばせていただきましたが、『スポーツ店の店長』としては全く武器となるモノがない状態でした。私の父は元プロ野球選手(村上公康、元ロッテ他)で、『元プロのお店』という大きな看板があった。それに対して、私はプロ野球選手でもなければ、甲子園に出たわけでもない。『これ!』という武器、代名詞になるものを身につけなければ厳しいという危機感がありました」

 そんな危機感を抱いた村上の脳裏をよぎったのが、湯もみ型付けだった。自身が店を引き継ぐ前から久保田スラッガー社と取引があったこともあり、湯もみ型付けの存在は知っていた。

「2000年代中盤の当時から、既にインターネット通販が台頭していました。"価格"で勝負しても頭打ちになる状況が近い将来にやってくる。生き残るためには、仕入れた商品をそのまま売るだけでなく、"付加価値"をつけることが不可欠だと感じていたんです。

 その付加価値としてもっとも適していると思っていたのがフィッティング。お客さんの手に合わせてグラブを調整し、使いやすい状態でお渡しすれば絶対に喜ばれるはずだと。その技術のなかでも一番インパクトが強いのが、湯もみ型付けだと思ったんです」

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