競輪・卒業記念レースで光った男子3名 ウエイトリフティング五輪入賞者、BMX出身者、最強のロード経験者らが羽ばたく (3ページ目)
ウエイトリフティングで五輪入賞
近内三孝(こんない・みつのり)
その名を聞いて驚く人もいるかもしれない。
近内は長らく日本を代表するウエイトリフティングの選手として活躍し、東京オリンピックでは男子67kg級で7位入賞を果たしている。2024年には国スポで日本記録を樹立するなど近年までウエイトリフティング界で国内トップに君臨してきた。
そんな選手の競輪転向に「なぜ?」という疑問が湧くが、近内にとって競輪は遠い存在ではなかった。ウエイトリフティングで結果を残していた日本大学時代。同じ寮に現在競輪選手として活躍する坂井洋(栃木・115期)がいた。1歳年上の坂井から常々「自転車やりなよ」と声をかけられており、その言葉は近内の脳裏にしっかりと残っていた。そして20代後半となり、ふと坂井の言葉が蘇ってきたという。
「ウエイトリフティングはそんなに長く続けられないが、競輪選手は50歳でも続けている選手がたくさんいる」
調べてみると、競輪とウエイトリフティングには共通する部分があり、これまでのトレーニングで重視してきた垂直飛びと背筋力が試験項目に含まれていたことから、「それであればチャレンジできるかもしれない」と転向を決意。坂井に「競輪に挑戦したい」と連絡を入れた。
養成所に入所したのは29歳の時。ただ養成所に入る前に自転車の練習に費やせた期間はわずか2カ月だったため、年齢や五輪入賞というプライドはマイナス要素にしかならず、完全にゼロからのスタートになると覚悟を決めていた。
「ウエイトリフティングを始めた時には自信があって、やれると思って始めたので、そこまで不安もなかったんですが、自転車は技能がいる競技で、競輪で通用するという思いはありませんでした。だから年齢を問わず、できるだけ候補生から得られるものを得ようという気持ちでずっといました」
身体能力には自信があり、「まだ衰えてはいない」というが、やはり技術の面では学ぶことばかりだった。想定どおり持久系のトレーニングでは苦労の連続だったが、それでも「入所した時に比べると、追走技術の重要さがわかってきて、強弱をつけられるようになってきた」と少しずつ手ごたえをつかんできている。
養成所の教官からは「自転車の使い方がわかっていない、力が自転車に伝わっていないと言われてきた」と課題は山積しているが、近内はまだ発展途上の段階で、ポテンシャルは十二分にある。
これからどんな選手に化けるのか、近内の第二の競技人生が楽しみでならない。
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