2020.06.23

「やっちゃった」。鈴木聡美が自分でも驚いた日本競泳女子初の偉業

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by PHOTO KISHIMOTO

PLAYBACK! オリンピック名勝負------蘇る記憶 第33回

スポーツファンの興奮と感動を生み出す祭典・オリンピック。この連載では、テレビにかじりついて応援した、あの時の名シーン、名勝負を振り返ります。

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 鈴木聡美は、2012年ロンドン五輪の競泳個人2種目(200m平泳ぎ、100m平泳ぎ)でメダルを獲得した。それは、長い間足踏みを続けていた日本の女子平泳ぎ界に風穴を空けるものだった。

ロンドン五輪競泳女子100m、200m、メドレーリレーでメダルを獲得した鈴木聡美 日本女子平泳ぎを振り返ると、1992年にバルセロナ五輪の200mで14歳の岩崎恭子が金メダルを獲得し日本中を驚かせた。96年アトランタ五輪から3大会連続で200mの決勝に進出した田中雅美は、04年アテネ五輪で4位に入った。

 だが、その後は苦戦が続いた。世界選手権では05年に200mで種田恵が獲得した4位が最高で、北京五輪では100mが8位で、200mは7位と8位。メダルには届かない種目になっていた。

 記録の面でも、種田が07年に200mでようやく田中超えを果たす。高速水着着用がトレンドになった09年には好記録も頻出。例えば、鈴木は100mで田中の記録を1秒弱更新する1分06秒32を出し、200mでも金藤理絵が世界歴代4位となる2分20秒72を記録した。だが、高速水着が禁止となった10年以降は記録が低迷していた。

 11年世界選手権は200mで金藤が5位。しかしこの時、初出場の鈴木は国際大会の代表選考会の際には50mも含めて3種目を制していたにも関わらず、100mで準決勝敗退。200mでは予選敗退という結果で終わった。