2013.01.25

【水泳】松田丈志「最後かなと思った五輪で、逆に先が見えたんです」

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by Honda Takeshi

トビウオジャパンをキャプテンとして引っ張った松田丈志選手

「ひとりではなく、チームで戦う」

 この言葉を前面に押し出したロンドン五輪競泳チーム。1936年ベルリン大会と並ぶ史上2位タイとなる11個のメダル獲得は、その成果でもあった。だが競泳は伝統的にチーム意識が強い競技でもある。03年世界選手権や04年アテネ五輪でも、金メダルを獲ったばかりの北島康介が選手席で率先して熱烈に応援する姿があった。その意識は一朝一夕にして作られたものでないからこそ、11個のメダルに結集したといえる。

――キャプテンとして臨んだロンドン五輪は、アテネ、北京と何か違いましたか。

松田 初出場のアテネ五輪の時はチームの波に乗っていけなかった、というのがあって。次の北京はチームの勢いに乗ろうという意識はあったけど、まだ周りを見るまでの余裕はなかったんです。でも今回はキャプテンになったという気持ちから、レースに向けて全体を見て、ポジティブな雰囲気を作っていく役割もあると思っていました。

――北京とロンドンでは、チームとして何か変わったことはありましたか。

松田 あまり変わってはいなかったと思うけど、揃った27人のバランスが良かったんじゃないですか。若手から大ベテランの北島康介さんまでいて。選手の中でも康介さんは4回目だし、僕も3回目で、たくさん経験を積んでいるスタッフもいるから。そういう経験値があることで、「こうやればいい」という土台があったのかなと思います。

――男子メドレーリレーでは自由形のスペシャリストがバタフライを兼ねる藤井拓郎だけになってメダル獲得への危機感を感じていたことも、団結する要因になったのではないですか。

松田 そうですね。やっぱり全然余裕はなかったですからね。でも絶対にメダルを獲りたいというのは、出場する4人はもちろん、チーム全員が思っていましたから。それに今回は、女子も本気でメドレーリレーのメダルを狙っていたこともプラスになりましたね。