【マラソン】「結果が出なかったら、もうやめようと思っていた」故障続きだった丹所健、覚悟の初マラソンでMGC切符 (3ページ目)
【「吉田選手に追いつこう。3人でMGCを獲ろう」】
臀部の使い方を学び、フォームを少し変えたことで、ふくらはぎの故障はなくなった。しかし、今年1月には仙骨を疲労骨折。別の箇所の故障に気持ちは落ち込んだが、5月1日に復帰し、マラソン練習を始めた。入社4年目を迎え、当初思い描いていたマラソン挑戦の時期はすでに来ていた。目標をMGC出場権獲得に定め、8月30日の北海道マラソンへの出場を決めた。慎重にトレーニングを進め、予定していた練習をすべて消化。自信を持ってスタートラインに立った。
「最低限、MGC出場権を獲る。あわよくば優勝も、と考えていました。レース展開は、ほぼ予想どおりでした。30kmを過ぎて吉田君(響・サンベルクス)が前に出て、このまま行かれたらという焦りも少しあったんですけど、向かい風が強かったので、これはひとりで行くのはキツいんじゃないかと思っていました」
35kmを過ぎると、Hondaの先輩から「そこから一気に脚にくるぞ」と言われていたことを思い出した。どのような感覚なのかと身構えていると、実際に脚が止まり始め、1km3分30秒ほどまでペースが落ちた。
「このまま3分30秒でいくと、吉田君との差がどんどん開いてしまうし、脚もそこに慣れてしまってタイムも遅くなる。そこで、キツいけど3分05秒くらいに戻したんです。そのペースで僕が行くと、湯浅君(仁・トヨタ自動車)と荒生君(実慧・NDソフト)がついてきてくれたんです」
吉田が先行するなか、湯浅が丹所に声をかけた。
「まずは、吉田選手に追いつこう。この3人でMGCを獲ろう」
3人は吉田を追った。
37.5km付近で吉田をとらえると、湯浅、丹所、荒生の3人が先頭集団を形成した。そして、41km過ぎに湯浅がスパート。丹所も粘り、2時間10分55秒の2位でフィニッシュしてMGC出場権を獲得した。
「ゴールした時は、やったというより、ようやくひとつ形にできたなという安堵感のほうが大きかったです。この4年目で結果が出なかったら、もうやめようと思っていました。僕は、Hondaに入ってほとんどまともに走れていなかったので、この強いチームにいて、自分の存在意義って何だろうとすごく考えていたんです。このチームは、自分がひとり欠けても問題ないと思う。でも、僕に期待して採ってくれたチームに何も恩返しをしていないのは、人としてどうなのかって。ようやく結果を出せてよかったなと思います」
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