帝京大・楠岡由浩が箱根駅伝の悔しさを糧に日本選手権5000mで躍動 チームの歴史を切り開くエースの意地 (2ページ目)
【予選の自己ベスト更新、決勝で得た戦える手応え】
このように日本選手権に向けた対策も万全に行なって、本番を迎えた。
まずは予選。楠岡は2組目に登場。同じ組には早稲田大の鈴木琉胤(2年)と増子陽太(1年)もいたが、楠岡は同じ学生よりも優勝経験のある塩尻和也(富士通)を意識してレースを進めた。
「塩尻さんは残り数周から上げるレース展開が多いので、ラスト勝負というよりはロングスパートの争いになると予想していて、その対策をしてきました」
レースは鈴木が4200mまで先頭を走ったが、楠岡の読み通り、残り2周で塩尻が先頭に立ちペースが上がると、一気に先頭集団の人数が絞られた。
予選から思わぬハイレベルなレースになったが、楠岡はこのような展開にも冷静に対処。そして、「決勝に向けて刺激を入れる意味でも、しっかりラストを上げて、1着でゴールするのは自信になると考えていた」と言うように、最後のホームストレートで先頭に立ち、組トップで決勝進出を決めた。
記録も13分26秒92と、またしても自己ベストと帝京大記録を塗り替えた。
「予選はある程度余裕を持って通過できました。関東インカレの時ほど疲れも残っていなくて、すごくよい状態で決勝を迎えることができたので、チャンスはあると思いました」
しかし、自信を持って決勝に臨んだものの、なかなか勝負をさせてもらえなかった。
「ロングスパートの練習はしてきたし、ラスト数周で動くのはわかっていたんですけど......」
わかっていても力及ばず。入賞まであと少し届かなかった。
決勝のフィニッシュタイム13分32秒14は、予選の記録を上回れなかったものの、この大会を迎える前までの自己記録よりも速かった。
「残り1周まで先頭争いにしっかり付ければ、チャンスはあると思っていたんですけど、その前に少し離されてしまい、みんなのスパートの波に乗れませんでした。振り返ると、もっと前のほうにいれば違う展開になっていたと思うんですけど、レース中はなかなかそういうふうに考えが回らなかった。それができないのも自分の力だなと思いました」
このように決勝のレースを振り返る。
一方で、こんなことも口にしていた。
「圧倒的な力の差を感じたっていうよりは、自分もやれるっていうのを感じました」
力負けを認めつつも、確かな手応えを得られたのも事実。「今後、優勝を目指すためには、必要なステップかなと思う」と前を向く。
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