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【駅伝】「選手が足りなくなる!?」「大会2日前に発熱」創部1年目でニューイヤー駅伝に挑んだMABPに起きていた異変 (2ページ目)

  • 佐藤俊●取材・文 text by Sato Shun

【今回のMABPには40位となる理由があった】

 厳しい言い方をすれば、ニューイヤー駅伝をどう戦うかまで考えられていなかったのだろう。東日本を突破した時点で、選手の気持ち的には"終わった感"が漂っていたのかもしれない。

 レース後、鬼塚は厳しい表情だった

「東日本が終わって1回安心してしまった。今回は東日本の突破が目標になっていて、チームのモチベーションも東日本の時ほど上がってこなかった。来年は、東日本を通過点にして、ニューイヤー駅伝で勝負できるようにしていきたいと思います」

 東日本で出しきった反動で、堀尾とチェルイヨット・フェスタス・キプロノの主軸ふたりが故障をして戦線離脱。プレイングマネージャーの神野も6月に難病ジストニアの手術を受け、いまだ回復途上。これ以上故障者が出ると、ニューイヤー駅伝は棄権に追いこまれてしまう。そのプレッシャーは相当なものだったはずだ。

 今回、レース2日前に発熱した山平は、代わりとなるメンバーがいれば欠場するような状態だった。それでも出場を強行したのは、熱が下がったのもあるがチームのための決断だった。また、堀尾を起用できないことで、後半のロング区間を予定していた中川雄太が2区に回った。飛車角抜き、満身創痍でのニューイヤー駅伝初挑戦だったのだ。

 神野監督は、寒風のなかこう振り返った。

「やっぱり駅伝は流れが大事なので、まだ全員にひとりで走る力がないですし、あらためてそういうところをしっかりやっていかないといけないと自覚できた駅伝になりました。11月の東日本にピークを合わせたので、そこから今回のニューイヤー駅伝に合わせるのが難しかったですが、それでも出場できて、一歩前に踏み出すことができたのはよかったと思います。この悔しさを忘れずに、今後やっていけるかどうかですね」

 この日、大会新記録で優勝したGMOインターネットグループは、優勝までに創部から10年を要した。当初からトップレベルの選手を複数抱えていたが、なかなか勝てなかった。だが、今回優勝することができたのは、チーム全員のコンディションを整えて走らせるという一番難しい課題を克服したからでもあろう。全員がミスなく区間上位で走り、青山学院大から鳴り物入りで加入したルーキーの太田蒼生も大砲級の働きを見せた。MABPにも今後はゲームチェンジャー的な存在が求められる。

 優勝するチームには、優勝するだけの理由があった。40位だったMABPには、40位となる理由があった。目の前で行なわれたGMOの胴上げシーンを、MABPの選手たちはしっかりと胸に刻んだだろう。挑戦は始まったばかりだ。

著者プロフィール

  • 佐藤俊

    佐藤俊 (さとう・しゅん)

    1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て1993年にフリーランスに転向。現在は陸上(駅伝)、サッカー、卓球などさまざまなスポーツや、伝統芸能など幅広い分野を取材し、雑誌、WEB、新聞などに寄稿している。「宮本恒靖 学ぶ人」(文藝春秋)、「箱根0区を駆ける者たち」(幻冬舎)、「箱根奪取」(集英社)、「箱根5区」(徳間書店)など著書多数。近著に「箱根2区」(徳間書店)。

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