田中佑美「足が速くなった」ゆえのジレンマ 100mハードル新女王は「全力を出す怖さ」をどう克服したのか (2ページ目)
【決戦前夜に頭をよぎった負の想像】
だが、ライバルたちも負けてはいなかった。
日本記録保持者の福部真子(日本建設工業)は第2組に登場。今季は菊池病(組織球性壊死性リンパ節炎)という病を抱えながら競技に取り組んでいるが、予選では12秒84(+0.6)と、田中の記録を上回った。
さらに第3組では、今季好調の中島ひとみ(長谷川体育施設)が12秒81(-0.2)と、福部の予選の記録どころか、田中の自己記録を上回る日本歴代2位の好記録を叩き出した。
第4組でも、寺田が12秒94(+0.3)と、田中よりも速いタイムで走った。
好記録が続出し、優勝どころか、3位以内に入ることさえも決して簡単ではないことを予感させた。
田中は、東京世界選手権に向けたワールドランキングで出場圏内におり、日本勢で最上位につけていた。
世界選手権の出場資格を得るには、参加標準記録(12秒73)を破るか、ワールドランキングでターゲットナンバー(出場できる人数の上限)の40人以内に入らなければならない。だが、出場資格を得た選手が複数名いる場合、日本選手権の成績が優先されるため、なんとしても3位以内に入っておきたかった。
ただ、田中は「ほかの選手がどうなっているか、情報を入れないようにしていた」と言い、自分のレースに集中していた。
続く準決勝では、先に福部が12秒75(0.0)の大会タイ記録を打ち立てた。その後に登場した田中は、好調の中島に競り勝ち、12秒80(-0.1)の自己新記録を打ち立てて組1着で決勝進出を決めた。
その日の夜。翌日に決勝を控え「ちょっとでも気を抜いたら、自然とレースのことを考えてしまっていた」と言う。
「勝ったことがなかったので、勝つ想像があまりできなくて、レース展開を想像すると、必ず自分が負けていた」
そんな負の想像を何度も、何度も振り払い、自分の走りだけに集中するように努めた。
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