メダルどころか惨敗の女子マラソン。できることはなかったのか? (2ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • photo by YUTAKA/AFLO SPORT

 そんな中で11.9kmから福士が単独で前を追い始め、12.4kmで追いついた。またアフリカ勢もペースを落としたため、田中も追いつくことができ、集団は18人ほどに膨れ上がった。

 しかし、20km手前から田中が北朝鮮の二人とともに遅れ始める。そして中間点手前では、それまで余裕を持って走っていたように見えた福士も急激に遅れ始めた。これで日本勢はメダルをかけた勝負から完全に脱落していった。

「金メダルを獲りたいと思っていたし、20kmのところでは集団の中でも居場所を作れたので、まだ金メダルを獲れると思っていました。でもそのあとで遅れた時には『もう一回』という感じではいけなかった。脚に来ていたし、呼吸もちょっとあがっていたので、20kmまでは楽にいけたけど、その中でもペースの上下がけっこうあったので。2~3回目でやられてしまいました。最初に離された時は少し後ろ目にいたときでしたが、次は大集団の中の位置取りが難しかった」と福士はレースを振り返る。また田中も「給水のたびにアフリカ勢がペースを上げ下げしていたので......。それがあるとは分かっていたんですが、激し過ぎるのできつくなってしまった」という。

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