2016.01.04

【箱根駅伝】39年ぶり完全V。ライバルが青学大の独走を許したわけ

  • 折山淑美●文 text by Oriyama Toshimi photo by Yuya NAGASE/PHOTO KISHIMOTO

「私も逆の立場で戦ったからわかるけど、全日本大学駅伝で負けた時は、チームの選手たちの気持ちもグッと固まって燃えるんです。でも、勝つと選手たちの気持ちをもう一度作り直すのに時間がかかる。3区を走った服部弾馬も、疲労を抜いてからしっかりトレーニングをやるには、少し時間が足りなかったのだと思います」

 東洋大学の酒井俊幸監督がこう語ったように、全日本で3冠を逃した悔しさを箱根の連覇で晴らそうとする青山学院大学と、それを追う東洋大や駒澤大学との間には、走り出す前から差があった。

圧倒的リードでゴールした青学大のアンカー、渡邉利典 それは選手たち自身の集中力の差でもあっただろう。青学大が出場を予定していた選手のうち、誤算だったのは9区の中村祐紀(2年)の調子が上がりきっていなかったことぐらい。それに対して、東洋大は全日本の6区と7区で区間2位と区間1位になっていた2年生の野村峻哉と堀龍彦を使えず、駒大も全日本の5区に起用した1年生の下史典を使えない状態だった。

 青学大にも不安はあった。1区に使う予定の久保田和真(4年)の調子が最後まで上がらず、本人も12月27日の時点では「1区は無理だから、もうひとつ予定されている4区を走るしかないか」と考えたという。だが30日になって体調が上がり使えるめどが立ったのは、まさにチームの勢いの差でもあった。