2019.11.15

兎澤朋美が走り幅跳びで東京パラ内定。
素顔は研究熱心な「質問魔」だ

  • 星野恭子●取材・文 text by Hoshino Kyoko
  • 吉村もと●写真 photo by Yoshimura Moto

 東京パラリンピックの出場枠がかかった、パラ陸上の世界選手権がアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれ、大会6日目の11月12日、女子走り幅跳びT63(義足など)で兎澤朋美(日本体育大学3年)が4m33で銅メダルを獲得。4m13で4位となった前川楓(チームKAITEKI)とともに、東京パラリンピックの代表に内定した。

初めての世界選手権で、兎澤朋美は走り幅跳びで銅メダルを獲得した 今大会は各種目4位以内に入った選手の国や地域に、東京パラリンピックの出場枠が与えられ、日本選手の場合は規定により代表候補にも内定する。もう一人、日本から出場した村上清加(さやか/スタートラインTOKYO)は3m63で7位だった。

 兎澤は1回目の跳躍で4m29の好記録をマークすると、2回目には4m33まで伸ばした。自己ベストの4m44には届かなかったが、試合後は、「もっと上の記録を狙っていたので残念なところはありますが、銅メダルと東京(パラリンピック)の出場内定を獲得できて、よかった。監督やコーチのおかげです」と安堵の表情を見せた。

 初めての世界選手権。「緊張した部分もあった」と言うが、「普段の練習を本番で実践すること」を心がけ、目標を達成した。

 翌13日にはT63の女子100mにも出場し、6位に入賞。東京パラの出場内定は逃したものの、16秒39のタイムは、自身が持つアジア記録と日本記録を100分の2秒上回った。「昨日の走り幅跳びの疲れが少し残る中でのレースでしたが、自己ベストを更新してのアジア新記録で、よかった」と伸びしろと進化の可能性を示した。

「来年の東京パラリンピックは、もっとタフな試合になると思いますし、来年を迎えたときに自分自身ももっとレベルアップして、世界の頂点に向けてハイレベルで戦っていけるように、残り数カ月、しっかり準備したい」

 兎澤は小学5年生で発症した骨肉腫により左足を切断、義足での生活が始まった。現実を受け止められない時期もあったが、少しずつ前向きさを取り戻した。持ち前の運動センスを活かし、中学2年生から陸上競技やパラサイクリングにも挑戦。2017年日本体育大学に進学し、陸上部に入って本格的な指導を受けると、才能が開花。18年アジアパラ競技大会(インドネシア)では、走り幅跳びで3m89の記録で銅メダルを獲得。19年6月にはドイツでの国際大会で100mは16秒41、走幅跳は4m44をマークし、それぞれ自身の持つアジア記録と日本記録を更新した。