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フェンシング宮脇花綸×ガールズケイリン鈴木奈央 互いの競技の紹介では「動物園みたいに叫んでます」「魂が抜けそうなくらい走ってます」(笑) (4ページ目)

  • text by Sportiva

【充実していた海外遠征】

――話は変わって、お互い小学生時代にはまっていたことやコレクションしていたものはありますか。

宮脇 はねトび(フジテレビのバラエティ番組「はねるのトびら」)とか。

鈴木 はねトび、めっちゃ見てました! あとプロフィール帳はめっちゃ流行ってました。名前とか好きな食べ物とか住所とか書いて......。

宮脇 住所も?(笑)

鈴木 あれ、住所は書かなかったっけ?(笑)

宮脇 穴埋め形式で「私は〇〇です」「好きなものランキングは?」みたいな(笑)。

鈴木 「これ書いて!」って友達に言って書いてもらって(笑)。それを集めてました。

宮脇 当時はそれが楽しかったですよね。

鈴木 今また流行ってますよね。

宮脇 そう。今やったら結構面白いと思いますね。

――おふたりとも中学や高校時代から海外でも活躍されていました。当時はどんな気持ちで海外遠征に行っていましたか。

宮脇 初めて行ったのは中学生の頃で、年に1回か2回、フランスでやる国際大会に行っていました。そこに行くと、同い年とは思えないような体格、160cmとか170cmとかの選手が出てくるわけです。日本の選手たちは私と同じように小柄なので、その意味ではすごく新鮮でした。そこでメダルを獲れたりすると楽しかったですし、世界が広がるような感じでしたね。

鈴木 私は高校から海外遠征に行ったんですが、高校生の頃は全国大会で優勝できたので、自分より強い選手と戦えるのがすごく楽しかったです。

宮脇 自転車競技って小さい頃から強かった人がそのまま強くなるものなんですか。

鈴木 全然違います。自転車って基本的に誰でも乗れるじゃないですか。だから他の競技から転向してきて強くなる選手も多いです。実際にガールズケイリンにはスピードスケート出身の選手やバレーボール出身の選手とかは何人かいますね。

対談中編に続く >>

【Profile】
宮脇花綸(みやわき・かりん)
1997年2月4日生まれ、東京都出身。三菱電機所属。姉の影響で幼稚園の頃からフェンシングを始める。小学校、中学校時代にはさまざまな大会で活躍。2014年南京ユースオリンピックで日本代表に選出され、女子フルーレ個人で銀メダルを獲得。2016年リオデジャネイロ五輪、2021年東京五輪出場は叶わなかったが、2024年パリ五輪に出場。女子フルーレ団体で銅メダルを獲得した。

鈴木奈央(すずき・なお)
1997年2月9日生まれ、静岡県出身。小学2年から自転車競技を始め、高校から自転車競技部に入る。1年時からジュニアのナショナルチームに選ばれ、2年時にはケイリンと500mTTで日本一となる。高校卒業後に日本競輪学校(現日本競輪選手養成所)に入学し在校成績1位で卒業。その後はガールズケイリンで戦いつつ、競技では中距離選手として活躍。2021年末に競技から引退し、22年よりガールズケイリンに専念している。

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