スキーしかしてこなかった里谷多英がセカンドキャリアでも成功できたわけ 36歳での再出発には「Excelの教室にも通った」 (3ページ目)
里谷 それはないですね。確かに取引先に名前を覚えてもらえるとか、そういうところでスキーをしていたことが役に立ったりはしますけれど、だからといってそれ(スキーで得た功績など)が、なぜ私がこの仕事をやらなきゃいけないのか、っていうところにはつながらない。
プライドと言うのであれば、むしろ当時よりも、スキーしかしてこなかった自分がこうして普通に仕事をするようになってからのほうが(プライドを)保てている気がします。
――現在はイベント事業局イベント販売企画部の副部長とのことですが、部下を持つと大変なことも多いのではないですか。
里谷 部長は大変だと思いますが、私は全然です。若い人のほうができることが多いし、優秀だったりもしますしね。たとえばSNSやインターネットのことなどは、彼らに聞いたりしています。
――競技を離れたあともフジテレビに残ってよかったと思いますか。
里谷 本当によかったです。私がどれだけ仕事で貢献できているかはわかりませんが、自分がやったイベントがうまくいったときはうれしいし、楽しいし、達成感は大きい。
今後、もしどこか違う部署に異動するようなことがあったら、またイチからなのだろうなと思うと、ちょっと沈む気持ちになりますが、そこでもまたやり続けていけば、きっと楽しいことが待っているんだろうなと思っています。
――今後については?
里谷 もう今年で50歳なので、定年までフジテレビにいようと思います。
――それまでに、こんなことをやってみたいという野望はありますか。
里谷 ずっとイベントに携わってきたので、いつかはスポーツ系、特にスキーのイベントをやってみたいと思っています。スキーのイベントは日本ではまだ人気がないので、だからこそ、もっと貢献できたらいいな、と常々思っています。
(おわり)
photo by Fujimaki Gohこの記事に関連する写真を見る里谷多英(さとや・たえ)
1976年6月12日生まれ。北海道出身。スキーのフリースタイル・モーグルの第一人者。オリンピックには1994年のリレハンメル大会から2010年バンクーバー大会まで5大会に出場。1998年長野大会で金メダルを獲得し、一躍脚光を浴びる。2002年ソルトレイクシティー大会でも銅メダルを手にした。1999年にフジテレビに入社。現役引退後も同社に勤務。現在はイベント事業局イベント販売企画部の副部長を務めている。
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