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【平成の名力士列伝:琴勇輝】家族の支えを力にした闘志の男 入幕9度は壮絶なケガとの戦いの勲章 (2ページ目)

  • 荒井太郎●取材・文 text by Arai Taro

【元関脇のプライドを捨てさせた長女の誕生】

 1横綱2大関(豪栄道、照ノ富士)を撃破して12勝を挙げたこの場所で、これまた生涯唯一の三賞となる殊勲賞を獲得し、翌5月場所は小結を飛び越え、新関脇に昇進。大関・豪栄道、横綱・鶴竜を破ったものの、惜しくも7勝に終わった。小結に陥落した翌7月場所は古傷の左膝が思わしくなく、2勝13敗の大敗。その後は古傷とは逆の右足の度重なるケガにより、番付もじり貧となり、幕内と十両の往復を余儀なくされた。

 関取衆との稽古も回避せざるを得なくなり、やれることも限られてきた。稽古もマンネリ化し、事態が好転する気配すらなく、元関脇のプライドもこの頃は邪魔をしていた。

 7度目の幕内復帰を目指していた平成31(2019)年3月場所は5勝10敗と負け越したが、4日目にあたる3月13日はこの場所初白星を挙げると岐阜市内の病院へ直行。留美夫人の出産に立ち会うと、長女・絢心(あやみ)ちゃんが誕生。新しく家族が増えたことで、何よりも琴勇輝自身の意識が大きく変わった。

 元号が令和となって迎えた最初の5月場所は11勝で再入幕を決めたが、この場所から4場所連続勝ち越しで令和2(2020)年1月場所は前頭3枚目に躍進。元関脇のプライドはすでに捨て去り、十両に昇進して間もない琴ノ若(現大関・琴櫻)、琴勝峰の若手ホープの胸にもぶつかり、泥だらけになりながらも充実した稽古のおかげで4年ぶりの三役復帰に大きく近づいていたが、この場所は両変形性肘関節症により全休。両肘の手術を受けて翌場所は再び十両へ。その後も2度、幕内に這い上がるが、右膝の負傷、左膝の古傷の悪化などにより、令和3(2021)年3月場所後、30歳で引退を表明した。年寄・君ヶ濱、北陣を経て荒磯を襲名。平成生まれ初の親方となった。

「僕にはどん底から引き上げてくれたキーマンが4人いますから」

 母、弟、妻、長女--。試練に見舞われるたびに強固になっていく家族の絆が、闘志の男の原動力であった。

【Profile】
琴勇輝一巖(ことゆうき・かずよし)/平成3(1991)年4月2日生まれ、香川県小豆郡小豆島町出身/本名:榎本勇起/所属:佐渡ヶ嶽部屋/しこ名履歴:琴榎本→琴勇輝/初土俵:平成20(2008)年3月場所/引退場所:令和3(2021)年5月場所/最高位:関脇

著者プロフィール

  • 荒井太郎

    荒井太郎 (あらい・たろう)

    1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業。相撲ジャーナリストとして専門誌に取材執筆、連載も持つ。テレビ、ラジオ出演、コメント提供多数。『大相撲事件史』『大相撲あるある』『知れば知るほど大相撲』(舞の海氏との共著)、近著に横綱稀勢の里を描いた『愚直』など著書多数。相撲に関する書籍や番組の企画、監修なども手掛ける。早稲田大学エクステンションセンター講師、ヤフー大相撲公式コメンテーター。

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