藤澤五月が初の世界選手権で痛感したこと「アイスの見極めと攻める勇気が私には足りなかった」 (3ページ目)

  • 竹田聡一郎●取材・構成 text by Takeda Soichiro

 反省すべきは、そうした周囲の反応に甘えてしまって、世界選手権や韓国チームとの直前合宿で出た課題や違和感、不安のようなものに蓋をしてしまった自分たち――今なら、そう結論を出すことができます。

 結局のところ、オリンピックという未知の大きなイベントに対しての免疫や経験のなさが、大事なことを見落とす原因だったのかもしれません。

 自分たちとしては「やることはやった。あとは勝つだけだ」と意気込んで、日本代表決定戦の会場である札幌に向かいました。しかし、結果的には「準備不足だったな」と後悔しています。

 迎えた日本代表決定戦。参加チームは、私たち中部電力と、小笠原歩さんやちな(吉田知那美)がいた北海道銀行フォルティウス、吉村紗也香選手が所属していた札幌国際大学、そして(本橋)麻里ちゃんや(鈴木)夕湖や(吉田)夕梨花がいたロコ・ソラーレ(当時の表記はLS北見)の4チームでした。

(つづく)

photo by Fujimaki Gohphoto by Fujimaki Gohこの記事に関連する写真を見る藤澤五月(ふじさわ・さつき)
1991年5月24日生まれ。北海道北見市出身。高校卒業後、中部電力入り。日本選手権4連覇(2011年~2014年)を果たすも、ソチ五輪出場は叶わなかった。2015年、ロコ・ソラーレに加入。2016年世界選手権で準優勝。2018年平昌五輪で銅メダル、2022年北京五輪で銀メダルを獲得した。趣味はゴルフ。

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