楢崎智亜「精神的にもきつくて...」東京五輪で4位と惜敗 「自分は本当に強いのか」と悩み苦しんだ (2ページ目)

  • 小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 村上庄吾●撮影 photo by Murakami Shogo

【「金メダル確実」とまで言われた東京五輪】

―高校卒業と同時に、プロの道を選びました。実家が病院で医学部への進学など選択肢もあった中、リスクもある道を決断したきっかけは?

「クライミングをやっているほとんどの選手がそうですけど、すべてのスポーツや遊びの中で"一番楽しい"と思ってやっているんですよ。だから単純に、"自分がこのスポーツで食べていけるようになったら絶対に楽しい、それで頑張っていきたい"って。あとは日本でも平山ユージさん、安間佐千さん、と僕より上の世代で活躍されていた方々もいたので、先輩方に触発されたのはあります。佐千さんは同じ栃木県(出身)で、たまに一緒に登らせてもらったりしていたのですが、異次元でした。人間、これだけ強くなれるんだなって」

―プロに転向し、「世界」を感じられるようになったのはいつですか?

「世界のトップレベルで戦えると思えたのは、2016年に世界選手権で優勝したときでした。その前までは予選落ちしていましたから。練習では"負けていない"と思っていたのですが、大会になるとダメで...。そんな中、2015年にヨーロッパでトップ選手の合同合宿があって、そこに参加させてもらった時に"自分も結構強い"って思えて、あとは大会で自分の力を100%出せるかどうかだって、その時に感じましたね」

―クライミングはメンタルスポーツ?

「どのスポーツも、トップとそれ以外の選手で一番違うのはメンタルだなって思います。いかに本番で発揮力を上げられるか。どれだけフィジカルがあってもそれだけではダメで」

―世界王者として挑むことになった東京五輪では、「金メダル確実」の重圧を感じたはずです。

「自分でも、絶対に(金メダルを)取れる自信はありました。それだけの練習もしていましたから。でも、大会が近づけば近づくほど"失敗しちゃいけない"って怖い気持ちも出てきて。1年間、五輪の開催が伸びたことで、新たなトレーニングじゃないですけど、自分の弱点ともっと向き合えたことで、逆にいろいろな練習ができてしまって。それで戦い方がまとまらなかったのはありますね」

―金メダルのスペイン人、アルベルト・ヒネスは伏兵で、勢いでかっさらった感もありました。

「もともとは、僕とアダム・オンドラ(チェコ)が金メダルを争うって感じだったんです。2019年も切磋琢磨していましたから。でも、お互いにオリンピックは全然ダメで(苦笑)。金メダルやライバルを意識しすぎたのは感じました。自分も10代のころは、"登りたい、どこまで行けるか試したい"っていうだけだったので...」

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