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本田真凜が会見で語った「宇野昌磨のパートナーになる覚悟」と過去に明かしていた「アイスダンスを断念した」理由 (2ページ目)

  • 小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 立松尚積●撮影 photo by Naozumi Tatematsu

 シングル引退直後のインタビュー、本田はそう明かしていたことがあった。

「いろんな方に『アイスダンスやらないの?』と言ってもらっていたのもあって、始めたんですけど......パートナーが必要な競技ですし、練習拠点の問題もあって。私は当時大学に入ったばかりで、(まだコロナ禍の余波が続き)ずっと海外へ行くのも難しい時期だったということもあります。パートナーを選ぶとなると、その兼ね合いは難しく、アイスダンスは解散したりするカップルもいるので......。そうした難しい面もある競技ですけど、だからこそ奥が深くて楽しいとも思いました」

 本田にとって、そこで転向しなかったことが運命だったということか。時を経て、宇野という特別なパートナーに巡り会うことが、だ。

「現役引退後(仕事をする)には、スケート選手だった自分がいながら、スケート以外で認めてもらわないといけないって思ってやってきました。10年先まで計画を立て、歩んでいるところだったんですが......(宇野の誘いで)自分がしたいこと、やりたいこと、本心はなんなのか、って考えて。スケートで叶えたいことがあるんだって思いました。それを昌磨くんとだったら実現できるって」

 本田は2030年五輪出場を心に誓い、「勝ちにいきたいです」と野心的に語っていた。すでに手ごたえがあるからこそ、言えるのだろう。宇野がプロデュースしたアイスショー『Ice Brave』では、アイスダンスのプログラム『Wild Side』を披露し、観客の度肝を抜いている。初公演、ツイズルの距離感だけでふたりの本気が伝わった。

「お互いが影になるように」

 本田はその精神で、宇野と研鑽を積んできたという。

 そして今年の『Ice Brave新横浜Special Edition』では、新曲『Four Seasons』も披露。距離感は近くなり、スピードも増し、トランジションも滑らかで、アイスダンスの完成度をさらに高めていた。今年4月、本場カナダ・モントリオールでも2週間を過ごし、トップ選手たちと寸暇を惜しむようにリンクに立ち続けたという。険しい道も待っているのだろうが、そこに挑むだけの準備はできた。

「こんなに難しいんだ! って思いながら練習をして。それを披露することができた時、みなさんの歓声を聞けると、"やってきてよかった"と思えて。アイスダンスの奥深さにどんどん惹かれてしまうんです!」

 彼女は熱っぽく言う。ファンの歓声と拍手を触媒に、ふたりはひとつになって氷上で輝くのだ。

著者プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。

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