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【ミラノ五輪】日本がフィギュアスケート大国になったと実感 「扉を開いた」高橋大輔の記憶が蘇る (2ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Yoshiyuki Komiya

【ハビエル・フェルナンデスが語った高橋大輔】

 2015-16シーズンのGPファイナルはスペイン、バルセロナで開催されたが、すでに高橋は1度目の引退(2014年)をしてリンクを去ったあとだった。その記者はスペイン人フィギュアスケーター、ハビエル・フェルナンデスに注目が集まるなか、以前彼と同じ大会に出場して表彰台に乗った高橋に夢中になったという。

 ハビエルは2010年の世界選手権で12位となり、高橋は1位だった。その後、スペイン人スケーターは2011年が10位、2012年が9位、2013年が3位、2014年が3位、2015年が1位、2016年も1位と、着実に順位を上げていった。高橋が引退の気持ちを固めていくのと反比例するかのように表彰台に乗り、世界王者になったのだ。

 スペインは「フィギュアスケート不毛の地」と言われ、欧米のなかでは格下に扱われていた。ハビエルは突然変異だった。一方、日本はスペインと比べたらフィギュアの歴史があったが、アジア人男性選手として高橋がバンクーバー五輪で獲得した初のメダルは"風穴を開けた"点で先駆的だった。だからスペイン人記者は、高橋に親近感を抱いたのかもしれない。

 ハビエルは平昌五輪でメダルを獲って、新たな扉を開いている。しかし2019年に自身が現役を退いたあと、後輩はなかなか続いていない。

 一方、高橋は2018年、4年ぶりに現役復帰し、全日本で2位になる快挙を果たす。

〈年齢は記号でしかない〉

 アスリートとして、その可能性を示した。それがどれだけ型破りだったか。常識を覆す者だけが時代を作れるのだ。

「それぞれの人に、それぞれの決断があるけど......」

 高橋が現役復帰した当時、ハビエルに話を聞く機会があった。彼の"先人"へのリスペクトは熱かった。

「(高橋)大輔は気さくでいい男だよ。めちゃくちゃ、尊敬している。彼がリンクに戻ってきたのはそれだけの理由があると思う。きっと、衝動があったんだろう。だから、絶対に失敗はしない。繰り返すよ、絶対に、だ。なぜなら、あれだけのことを成し遂げた大輔が決断したんだから、1位であろうとビリであろうと、それはすでに成功なんだ」

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