【ミラノ五輪】鍵山優真、坂本花織が最強アメリカ勢に完勝 大接戦での銀メダルは個人戦へ強烈な追い風に (2ページ目)
【見ごたえたっぷりの最終決戦】
竹内洋輔監督は男子フリーでの佐藤の起用について「彼の場合は今季のフリーでは自己最高得点を2回更新し、GPシリーズ2戦と全日本選手権で鍵山選手を上回っている。その内容や今季の成長度合いを総合的に判断し、すべての選手に相談をしたうえで決定しました」と説明した。
佐藤は、同点でのマリニンとの戦いを前に、ジャンプの構成を上げて勝負することも意識したという。だが、竹内監督は「究極の状態になってきた時こそ、ふだんと同じようにやるべき。もう体に染みついた感覚を信じてやりきること。それをできるように我々はいつもどおり送り出しましょう」と提案した。
その勝負はマリニンが4回転アクセルと4回転ループを回避しながら、後半の4回転ルッツでミスをして200.03点にとどまったことで混沌とした。そして最終滑走の佐藤は逆転の可能性も残る極度のプレッシャーのなか、精神面での成長をきっちり見せ、4回転3本を含む7本のジャンプをすべてノーミスで降りる冷静な滑りをした。
ただ、終盤のステップとスピンがレベル2と取りこぼすミスが出て、マリニンを追い込みきれず5.17点差の2位にとどまった。それでも、竹内監督は「佐藤の演技に対して全員が『誇らしく思う』と評価していた」と言う。
本気で勝負をしてきたアメリカを最後の最後まで追い詰めたメダルは、まさに金に限りなく近い銀だった。
カテゴリーを完勝した三浦と木原、世界トップのアメリカ勢2選手に勝利した坂本、マリニンに対してSPで勝利した鍵山、マリニンに真っ向勝負で挑んだ佐藤......。この団体戦の経験と結果は個人戦へ向けて大きな自信になったはずだ。大接戦で手にした銀メダルは、強烈な追い風になるだろう。
著者プロフィール
折山淑美 (おりやま・としみ)
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。
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