【ミラノ五輪】坂本花織は一日にして成らず 今季最高得点で団体メダルへ「いいスタートダッシュ」
2月6日、フィギュアスケート団体女子SPでトップの得点を叩き出した坂本花織 photo by Noto Sunao / JMPAこの記事に関連する写真を見る
【ボロボロ泣いていました】
2月6日、ミラノ。ミラノ・コルティナ五輪、10カ国で争うフィギュアスケートの団体戦が幕を開けていた。アイスダンスのリズムダンス、ペアのショートプログラム(SP)、そして女子シングルのSP。日本にはバトンをつなぐ流れがあった。
トップバッターの「うたまさ」こと吉田唄菜、森田真沙也は初の大舞台に少しも臆することなく、はつらつとした演技で健闘した(8位)。続く三浦璃来、木原龍一の「りくりゅう」は堂々とした演技で1位と、一気に日本の順位を上げる。そして坂本花織は78.88点を叩き出し、世界女王アリサ・リュウ(アメリカ)を抑えた1位だった。
「演技直前まで試合勘はなかったんですけど、うたまさの演技を見て、りくりゅうの結果を聞いて気持ちがたかぶって、いい緊張感で演技ができました」
そう語る坂本の表情は晴れやかだった。
「アイスダンスが大変なのは知っているので。このオリンピックの場でうたまさが滑り始めた時、手拍子の嵐になった。私もそれに感極まってウルッと来てしまい、『泣きそう、止めな止めな』と思ったんですが、パッと横を見たら(鍵山)優真くんが泣いていたので、『じゃ、泣くか』ってふたりでボロボロ泣いていました」
坂本は冗談めかして言ったが、彼女は仲間の思いを背負うことができた。それは簡単ではない。彼女が1位の10点を出さない限り、金メダル争いはかなり苦しくなっていた。思いをつなげて最高点を叩き出すところに、坂本が坂本たるゆえんがあった。彼女にはそれだけの経験と歴史があるのだ。
1 / 3
著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。









