【フィギュアスケート】坂本花織はロシア選手を警戒「ガンガン4回転も跳んでくるはず。覚悟を決めて挑む」
【やる気スイッチがバリバリに入った】
10月17日開幕のフィギュアスケートGPシリーズで、フランス大会が初戦となる坂本花織(シスメックス)。今季のテーマに「総括」を掲げてラストシーズンに臨む彼女は、10月1日の記者会見ではつらつとした表情を見せた。
記者会見でミラノ・コルティナ五輪の目標を語る坂本花織この記事に関連する写真を見る
ここ数年の坂本は、新しい分野のプログラムに挑戦し、その演技を磨き上げるために夏から試合を重ねていくことが多かった。だが、現役ラストシーズンと決めた今季は「自分のスケーティングスキルを生かしたい。伸びのあるスケーティングだったりパワフルなスピード感だったり、どんどんプログラムのなかで出していきたい」と、"らしさ"を前面に出して挑むことを決意した。
新プログラムは、6月の『ドリーム・オン・アイス』でショートプログラム(SP)、フリーともに披露できるほど早く準備ができ、「滑っていても心地よく、満足感が得られる」と自認するプログラムになっている。
その手ごたえもあったため、今季の初戦はこれまでのシーズンより1カ月以上遅い、9月5〜6日の日本初開催のチャレンジャーシリーズ(CS)となる木下グループ杯だった。だが、その大会ではSP、フリーともにミスが出て合計は203.64点。千葉百音に12.95点差をつけられる2位に終わった。
この時、坂本は「(シスメックス神戸アイスキャンパスのオープンで)練習環境が整ったこともあって、ちょっとマイペースに練習をやりすぎました。これをきっかけに自分に喝を入れることができると思います」と反省していた。
それから1カ月、じっくりと練習を積んできた坂本の表情にはゆとりがあった。
「木下グループ杯が終わった次の日くらいから、ショートがノーミスでできるようになって、本当に気持ち入ってなかったなというのが丸わかりで(笑)。ちゃんと『やる気スイッチ』が入ったというのが明確にわかったのでちょっと安心しました。今はスイッチもバリバリ入って、ショートもフリーもだいぶまとめてできるくらいになってきています」
1 / 2
著者プロフィール
折山淑美 (おりやま・としみ)
スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。

