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小説『アイスリンクの導き』第12話 「王者の孤独」 (2ページ目)

 富美也は五輪で金メダルを獲得することができた後、若手に対して「偉大な先輩」として振る舞おうとした。「カリスマ」になりたかった。それがチャンピオンにふさわしい王冠にも思えた。

 ある日、リンクでの忘れ物があって取りに行った時だった。ついでに一輝のスケートを久しぶりにチェックし、アドバイスの一つも授けてやろうと足を運んだ。

「なあなあ、お前さ、富美也さんに可愛がられているけど、話すこととかあんの?」

 通路で、自分の名前が出ていた。角に隠れる。どうやら、一輝とスケート仲間が話し込んでいるようだった。

「いや、富美也さんは二人になると結構、話をするし、アドバイスもやっぱり的を射ているよ」

 一輝の返答を聞きながら、富美也は胸をなでおろした。出て行って、生意気そうな選手の方を、少し脅かしてやろうとした時だった。

「富美也さんのおかげで、スポーツメーカーだってついているんだから、悪いこと言えないよな」

 もう一人が言った。

「まあ、そういうとこもあるかな」

 一輝が答えた。富美也は、そういうとこもあるのかよ、と突っ込みたくなった。

「いい子にしてたら、かわいがってもらえるんだから、俺もすり寄ろうっかな」

 一人が言う。

「いや、でもさ、富美也さんは自分が話していると、勝手に悦に入っちゃうから、大変なこともあるよ。独演会、いつまで続くのってさ」

 一輝の声がした。

 富美也は体が凍り付いた。動くことができない。

「ちょっと、友達いないタイプだしな」

 一人がけらけらと笑いながら言う。

「さみしいんだよ、たぶん」

 一輝が言う声が聞こえた。

 富美也は、ひっそりと踵を返した。自分が目をかけてやったのに、はらわたが煮えくり返る。無駄な時間を過ごした、と体が震えた。

 以来、一層、人間不信になった。

 日本人の女性コーチからロシア人の男性コーチに変えたのも、その頃である。

「富美也、あなたはもう少し、人とうまく付き合いなさい。手あたり次第、周りを敵視しすぎよ」

 日本人コーチは、この自分に説教をした。スケーティングに関する助言だったら、「違う」とは思っても対話し、受け止めることはできた。しかし人間関係について、人から言われるのは嫌だった。だから、外国人コーチに変えた。しかし、外国人の方が「人間関係が大事」と、折に触れて説教じみた話をするようになった。

 誰も、自分のことを理解できないし、自分も誰のことも理解できない。その断絶にいることを、富美也は実感していた。

「スケーターたちの輪」

 先人たちがよく使うフレーズがある。長い歴史の中、一人一人のスケーターたちの思いがつながっているという。その輪の中で、お互いに切磋琢磨し、熱を生み出し、世界を拡張させてきた。

 富美也は、お花畑の世界で暮らしているのかよ、と毒づきたくなった。

 絶対的王者の存在だけが歴史を作り出し、生み出す。みんなで手をつないで仲良し、で時代を作れるはずがない。突然変異のようなスケーターがいてこそ、その眩しい光のおかげで、他のスケーターたちも恩恵を受ける。王の権威が沈んだら、輝ける時代はおしまいだ。

 富美也は、そう考えている。だからこそ、スターである自分が惨めな敗北は許されない。華々しく勝ち続けなければならないのだ。

 さもなければ、フィギュアスケートは世間から関心を失う。他にもスポーツもエンタメもたくさんある中、トレンドに生き残るには強烈なチャンピオンの存在が欠かせない。なぜ、それが理解できないのか。

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