小説『アイスリンクの導き』第7話 「再デビュー戦」 (4ページ目)

 軽くジャンプの具合を確認する。助走、構え、踏み切り、空中、着氷、2、3秒間を頭の中でコマ送りしながら、動きをトレースした。ほとんど完璧になぞることができる。その正解があるからこそ、どこかでズレがあっても修正し、成功に持っていける。

〈悪くない〉

 翔平は自分にそう言い聞かせながら、アップのペースを上げようとしたところだった。自分の走路に緊張で硬い表情だった若手選手が入ってくるのが予測できた。少しだけスピードを緩め、相手が気づくサインを送った。ところが、その選手は緊張で周りが見えていないようで、そこから後ろ向きでループジャンプの踏み切りに入ってきそうだった。

「あっ」

 翔平は小さく声を上げたが、思ったよりも間合いが詰まっていて、瞬時の判断を迫られた。スピードを下げたことで、かわしきれない。かと言って、このままでは相手の選手は出会い頭で自分に衝突し、自分もリンクサイドの壁に打ち付けられる。

「きゃー!」

 会場の一角で、悲鳴が上がるのを聞いた。こうした瞬間も、情景はコマ送りになる。

 一瞬の判断で翔平はむしろ前に出て、ジャンプしかけた相手を抱きとめた。ただ、衝撃で後ろに反り返ってしまい、肘と肩をしたたかに打ち、後頭部にも少しだけ痛みが走った。

「ドンッ」

 鈍い音がした。

「すみません!!」

 慌てた若いスケーターが、膝を氷の上についたまま両手もついて平謝りしていた。彼はおそらく無傷だった。

「無事でよかったよ」

 翔平は仰向けになりながら、笑顔で答えた。相手は十分に間違いをわかっていた。責める気にはなれない。キャリアのある自分が彼の状況を見極め、この事態を避けられたはずだった。これも競技会のブランクのせいだな、と反省した。

「自分のせいなのに......僕だけ助けてもらって」

 若い選手は泣きそうだ。

「そんなに気にするな。これは事故だから」

 他に人が集まってくる中で、抱き起こされながら翔平は優しい声で言った。

「ごめんなさい......」

 彼は謝りながら泣き出してしまった。せっかくスケートをやってきた彼の気持ちに、呪いを与えたくない。関係者に連れ出される後ろ姿に言葉をかけた。

「名前は?」

「宇良悟です」

 宇良は打ちひしがれたように小さく会釈した。

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