日本のアイスショーのパイオニアがプロ活動に終止符。「50歳になろうかという人間がコスチュームを着て人前で演技をするのはたやすいことではない」 (3ページ目)

  • 辛仁夏●文 text by Synn Yinha

【フィギュアスケートの一番いいところ】

 本場アメリカで活躍する日本人プロスケーターのパイオニア的存在として、その生き様や磨き上げられたスケーティング技術は、後輩スケーターのロールモデルにもなったと言っても過言ではない。スーッと軽やかで氷を削る音が一切しないほど滑らかなスケーティングは比類ないもので、その滑りには誰もが魅了された。唯一無二のスケーティングは特に目の肥えたフィギュアファンにはたまらなかったはずで、本物の実力がなければお声が掛からない厳しいショービジネスの世界で生き残ってきた証でもある。

「幼い時に見たアメリカのアイスショーにあこがれて、代表的なエンターテインメントの本場である北米で学びたいという気持ちで飛び込みました。90年代は人気があって盛んだったフィギュアスケートでしたが、2000年以降はショービジネスが廃れていきました。その一方で、日本ではいま、たくさんのアイスショーが開かれるようになってきています。それはたくさんのチャンピオンが出てきたことが理由だと思います。今後、アメリカで学んだものを持ち帰り、もっともっと進化できるような形で日本フィギュアスケート界に貢献できたらいいなというのが私のこれからの目標です。

 夢を見続けてきたアイスショーは私にとっては非常に大切なものなので、今後は違った形で振り付けとか演出というところで関わることができたらいいなと思います。日本でこのショーが見たい、また見に行きたいと言ってもらえるようなアイスショーを作っていきたいということが大きな夢であり目標です。

 そして、せっかくここまで頑張ってきたので、少しでもミドルエイジの方たちにも勇気や元気を与えられるような立場になれればいいなと思っています」

 最後に有香さんがフィギュアスケートで最も表現したいことが何かを教えてもらった。その答えに有香さんならではのアイスショーがどんなものになるかのヒントが垣間見えた気がした。

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