2020.11.30

羽生結弦が大震災への思いを表現する舞。「経験や感情をそのまま込める」

  • 折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi
  • 能登直●撮影 photo by Noto Sunao(a presto)

『羽生結弦は未来を創る〜絶対王者との対話』 
第Ⅳ部 芸術性へのこだわり(2) 

数々の快挙を達成し、男子フィギュアスケートを牽引する羽生結弦。常に挑戦を続ける桁外れの精神力と自らの理想を果敢に追い求める情熱を持つアスリートの進化の歩みを振り返る。世界の好敵手との歴史に残る戦いや王者が切り拓いていく未来を、長年密着取材を続けるベテランジャーナリストが探っていく。 

ファンタジー・オン・アイス2015神戸公演で『天と地のレクイエム』を演じる羽生結弦 
羽生結弦が五輪王者として挑んだ2014ー15シーズンは、大会でのアクシデントや緊急手術などで納得のいくものではなかった。しかし、「ファンタジー・オン・アイス2015」期間中には、新たなエキシビションプログラムを作り始めていた。音楽家の松尾泰伸氏が手がけたピアノ曲『東日本大震災 鎮魂歌「3.11」』で演じる『天と地のレクイエム』と名付けたプログラムだった。公演期間の後半に演じたそのプログラムは、羽生の思いや感情を詰め込んだ、静謐(せいひつ)な舞だった。

 7月上旬のファンタジー・オン・アイス2015の最終公演の神戸公演。静かなピアノの音の中で滑り出した羽生の姿から、一瞬たりとも目が離せなかった。驚きと天への怒り、そして襲いかかって来る絶望感と無力感。心の中で暴れ回る狂おしいほどの気持ちが、体の隅々からしみ出てくるような滑りだった。

 自身が経験した東日本大震災への思いを表現するプログラムを作りたいと考えていた羽生にとって、『東日本大震災鎮魂歌「3・11」』との出合いは衝撃的だった。羽生は、一度聞いてこの曲で踊ることを決めた。そして滑り始めると、自分の体の中に何かが降りて来るような感覚になったという。

 プログラム制作中だった6月上旬に羽生は、こう話していた。

「いろいろなプログラムをやってきましたけど、僕は何かメッセージを届けるというのはあまり得意じゃないんです。いろんな先生たちに『自分の中に入り込みすぎる、もっと外へ意識を向けるように』と注意されたこともありました。でも、この新しいエキシビションプログラムに関しては、僕の経験やその時の感情をそのまま込める演技にしようと思っています。自分の中へ完全に入り込んで、その世界に自分の体や気持ちなど、すべてを溶け込ませるまで滑り込みたいです」