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【プロレス】タイガー・ジェット・シンが振り返る"三大事件"「俺にとってはアントニオ猪木がイチバン」 (3ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Kenji Matsuoka

【新日本から全日本への移籍の裏にあったもの】

 契約を打ち切った背景には、新日本が全日本のトップ外国人選手だったアブドーラ・ザ・ブッチャーを引き抜いたことがあった。

「俺は新日本の中心だった。だからこそ敬意を示してほしかった。それなのに新日本は、『ブッチャーが来るからタッグを組んでくれ』と言ってきた。それは非常に悲しいことだったよ。ほかにも新日本にウソをつかれていたことがあって、それで嫌になって契約を打ち切ったんだ」

 ブッチャーを引き抜かれた全日本は、シンにオファーをかけた。

「テリー・ファンクから電話があってね。彼は、『タイガーさんがくれば"フルハウス"になる』と言ってくれた。それで、ロサンゼルスでサインをしたよ。その後、新日本からは引き留められたけど、『ブッチャーとタッグを組むのならやらない』と言った。答えはノーだった」

 ブッチャーとは1979年8月26日に日本武道館で行われた「プロレス夢のオールスター戦」でタッグを組み、馬場さんと猪木さんの「BI砲」と対戦したが、この試合も「やりたくなかった」という。

 猪木さんと死闘を展開し、全日本では馬場さんと幾度も対戦。馬場さんと猪木さんのプロレスの違いについて、シンはこう語った。

「馬場と俺は、コーチが同じフレッド・アトキンスだった。馬場は大きいがテクニックはなかった。一方、猪木はスマート。俺にとっては猪木がイチバンだ。

 日本だけではなく、世界を含めて最大のライバルは猪木だ。猪木が亡くなってから時間が経ったが、彼の存在を強く感じる。俺のなかではもちろん、おそらくファンの心のなかで生き続けているんだろう」

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