【プロレス】タイガー・ジェット・シンが振り返る"三大事件"「俺にとってはアントニオ猪木がイチバン」 (2ページ目)
【猪木との試合は「自然に体が動いた」】
この襲撃事件で猪木さんとの抗争はエスカレート。なかでも強烈なインパクトを残したのは、1974年6月26日、大阪府立体育会館でのNWF世界ヘビー級選手権だ。
猪木さんの王座に挑んだシンは、アームブリーカーで右腕を負傷。その「腕折り事件」について、シンはこう回想した。
「猪木にやられた......。『この野郎!』と思ったよ。ただ、もしかしたらこれは"間違い"なのかもしれないとも考えた。偶然こうなったんだと思って自分を落ち着かせたんだ。
最初は脱臼だと思っていたけど、折れていた。ファンのなかには、あのケガを演技だと思っているヤツがいるらしい。そう思ってるヤツはボコボコに殴ってやる。事実、猪木に骨折させられた箇所は今でも痛い。でも猪木を恨んではいない。間違いは起きるものだ。ただ、あの時に自分を落ち着かせることができなかったら、あの試合はもっとエスカレートしていたかもしれない」
猪木さんとの抗争は、すさまじい激闘の連続だった。
「猪木との激しい試合は、自然にそうなったものだ。少しずつ闘いが進んでいった末に、あのような試合が連続したんだ。
試合中に何かを考える暇はなかった。お互い、瞬時に空気を感じて自然に体が動いたんだ。猪木が足を攻めてきたら、俺はその足を狙う。考える前に体が動いたんだ」
しかし、激闘を紡いできた両雄に別れの時が来る。1981年7月に、シンは新日本からライバル団体の全日本に移籍した。
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