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日本ボクシング世界王者列伝:具志堅用高 「革命」を起こした沖縄初の王者「カンムリワシ」の記憶 (3ページ目)

  • 宮崎正博●文 text by Miyazaki Masahiro

【ベーシックな技術に鉄の心が加われば鬼に金棒】

 世界チャンピオン獲得とともに、数々の難敵が立ちはだかった。まるでゴム人形のように変幻自在な動きを見せたハイメ・リオス(パナマ)、硬質な技巧派パンチャー、リゴベルト・マルカノ(ベネズエラ)。新チャンピオンは彼らに対して1度は苦戦するものの、再戦で圧勝し、そのたびにスケール感を増していった。故郷・八重山の蒼空を舞うカンムリワシのニックネームもつけられた。獲物を見つけるや、一瞬のうちに宙を直滑降し、毒蛇さえも食い殺す鳥類の王者は、具志堅の戦いを表すのに、ぴったりだった。

 ただ、時代を経て、冷静になってから気づくこともある。具志堅のボクシングを見つめ直すと、「具志堅だからこそ」という秀でた一芸があったわけではない。スピードは上級であっても最上ではなかった。パンチ力も鉄腕とまでは形容できない。速さと力が抜きん出ていなくて、どうして、足かけ5年の間にいまだ破られない日本記録、世界タイトル13度防衛を果たすほどの大チャンピオンになれたのか。理由のひとつは圧倒的な基礎力の嵩(かさ)にある。

 そのボクシングは、瑕ひとつない正統派のものだった。きちんと両腕で急所を隠したサウスポーの構えをどんなときも乱さなかった。基本中の基本、前足を半歩前に置くスタンスをとって、マットの上を滑るように動き回った。そして対戦者に対して最も打ちやすく、パンチが届きにくいポジションをずっと守り抜いた。右ジャブ、左ストレートの鋭さを生み出すのは、このフットワークで距離と角度、タイミングを徹底的に管理できたからだ。

 動きがスムーズだからバランスも崩さない。ストレート、フック、アッパーを織り交ぜるコンビネーション攻撃の種類は数知れず。ときどきの最善の攻撃を瞬時に選択できたのは、基礎の力のそれぞれを高いレベルで結びつけられていたからだ。たとえば、ここではこのパンチを選び取ればいい、この局面はいったんこんな形で守るべきだ、と。細やかな神経がすべてに行き届いていたから、盤石の戦いができた。

 そして具志堅の究極の能力は、心のなかにある。凍てついた心のままに煮えたぎる闘志を操れた。対戦相手の動向、状況を、しっかと目を見開いて追いかける。一瞬のスキ、ダメージの色を見きわめ、即座に理詰めの連打で追い立てた。

 タイトル奪取を果たしたグスマン戦。2ラウンド、左ストレートで大きく腰を落とさせ、すかさず同じパンチで追撃した。ロープ中段に宙づりとなったところに右フックをフォローする。正確にあごを射抜いた2発目の右フックで、ドミニカ人の体をロープの外に弾き出してしまった。タイトル獲得の一戦、最初のダウンシーンは、ゾッとするほどの冷厳な攻撃によって作られた。

 強靭な体を作る鍛錬も常に怠らなかった。スポーツ用品メーカーのCMで、腹ばいの状態で横たわった状態から体を宙にジャンプさせる"具志堅ジャンプ"を披露し、話題になったことも思い出す。心技体のすべてを戦うことに注ぎ込んだからこそ、スーパーチャンピオンは生まれた。

 心技体。体を鍛え、技を積み重ね、さらに心とともに戦えば、究極の強さはもたらせる。全部が基本の中にある。

 井上尚弥が語ったこんな言葉を思い出す。

「基本がなにより大事。ワンツー、左フックをしっかりと身につければ、高校生の段階まではみんな勝てます」

 井上に先んじて、具志堅はその真理を体現して見せたのだ。

<文中敬称略>

PROFILE
ぐしけん・ようこう●1955年6月26日生まれ、沖縄県石垣市出身。アマチュアでインターハイ・モスキート級優勝。興南高校卒業後の1974年に協栄ジムからプロ入りし、1976年にWBA世界ライトフライ級タイトルを獲得。攻守ともに極めてハイレベルなサウスポーとして、13度の防衛を果たす。この連続防衛記録は、日本レコードとしていまだに破られていない。1981年、ペドロ・フローレス(メキシコ)に初黒星を喫したのを最後に現役を引退。テレビではお茶目なキャラクターが愛されているが、現役時代のリングではとことんシリアスだった。身長162cm。24戦23勝(15KO)1敗。ニックネームはカンムリワシ。

著者プロフィール

  • 宮崎正博

    宮崎正博 (みやざき・まさひろ)

    20歳代にボクシングの取材を開始。1984年にベースボールマガジン社に入社、ボクシング・マガジン編集部に配属された。その後、フリーに転身し、野球など多数のスポーツを取材、CSボクシング番組の解説もつとめる。2005年にボクシング・マガジンに復帰し、編集長を経て、再びフリーランスに。現在は郷里の山口県に在住。

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