「母でも金」への憧憬 柔道家・阿部詩が目指す競技者として、人間として、女性としてのあくなき探求心 (3ページ目)

  • 佐藤温夏●取材・文 text by Sato Yoshika
  • 村上庄吾●写真撮影 photos by Murakami Shogo

【「母でも金」に挑戦したい】

――最後にライフステージの変化に伴う今後の展望についてうかがいます。昨年、日本体育大学を卒業し、現在はパーク24の所属選手として柔道をしていらっしゃいます。職業としての柔道ということについてはどう考えていますか。

「やっぱり仕事として柔道をしている以上、甘えることはできないと思っています。こんなにいい環境で柔道に集中させてもらっているので、周りの方たちに本当に感謝して、責任感と覚悟を持ちながら日々、取り組んでいます」

――柔道家としての理想像や将来像はありますか。

「将来は自分自身の道場を持ちたいと考えています。勝負を追求するのではなく、柔道の純粋な楽しさや柔道ってこんなにすばらしい競技だよということを教えられる指導者になりたいと思っているんです。

 柔道家としては、誰もが知るような柔道家のひとりになりたいと思っています。選手を引退した10年後であっても、20年後であっても名前が知られているような柔道家になっていたいなとは思っています」

――そのためには結果が必要になってきますね。

「はい。結果は絶対的に必要だと思います。ですから、まずはパリという舞台でオリンピック2連覇という目標を達成したいと思っています。あとはやっぱり人気になるというか、応援される選手でいたいので、人間力の部分も高めていきたいと思っています」

――出産後も現役選手を続けたいという思いもあるそうですね。

「そうなんです。ヤワラちゃん(谷亮子、2000年シドニー、2004年アテネ五輪女子48kg級金メダル)も成し遂げられなかった『母でも金』ということを、少し目指したいという目標もあります。もちろんそれはどうなるかわからないことですが、そういう気持ちは少しあります」

――それはいつごろからイメージされていたんですか。

「結構前からです。そうですね、大学生になってだんだん自分の将来を考えるような年齢になったぐらいですね。誰も達成したことのないことをやり遂げたいという気持ちが昔からあるので、そういうことをやってみたいな、と。

 それにやっぱり、これは女性しか実現できない目標だと思うので達成してみたいという気持ちがあります」

――とすると、選手生活を長いスパンで捉える発想も必要になってくるかもしれませんね。例えば、パリ五輪の次の2028年ロス五輪、さらにその先の2032年ブリスベン五輪についても視野に入っていますか。

「さすがにブリスベンについてはまだ考えられていませんが、ロスでのオリンピック3連覇については達成したいという思いはあります。

 やっぱり自分の限界を追い求めていきたいので、そこまで柔道を突き詰めて、強くなりたいという気持ちが続いていれば、ぜひ3連覇を目指したいと思っています」

前編〉〉〉阿部詩「柔道は好きだから全部できる。それ以外は...」 五輪2連覇へ突き進む絶対女王の成長と意外な素顔

【Profile】阿部 詩(あべ・うた)/2000年7月14日生まれ、兵庫県神戸市出身。女子柔道52kg級。158cm。5歳のとき、ふたりの兄を追いかけ「兵庫少年こだま会」で柔道を始める。夙川学院中(現・夙川中)→夙川学院高(現・夙川高)→日本体育大卒。2023年4月からパーク24所属。2021年東京五輪金メダル。2018、2019、2022、2023年世界選手権優勝。IJFワールドツアーでは2017、2022、2023年グランドスラム東京を含む通算12勝。得意技は内股、袖釣り込み腰。組み手は右組み。講道館柔道女子五段。次兄の一二三(パーク24)は2021年東京五輪男子66kg級金メダリスト。

プロフィール

  • 佐藤温夏

    佐藤温夏 (さとう・よしか)

    1972年生まれ、北海道出身。スポーツを主な領域とするライター、編集者。出版社勤務を経てフリーランスとなり、柔道や競泳などの五輪競技を中心に取材。パラノルディックスキー日本代表チームの広報担当経験があるほか、NPO法人で柔道およびスポーツを通じた異文化理解・社会活動にも携わる。

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