ブラウン管のなかの猪木はいつも怒っていた。「力道山への反発心というか、世界的なスケールで何かを成し遂げたかった」 (3ページ目)

  • 井上崇宏●文 text by Inoue Takahiro
  • photo by Hara Essei

 そんな父を見て、「本当は猪木みたいに、過激にブチ切れたり、殴ったり、蹴ったりしたいんだろうか」と思ったものだ。

 猪木の怒りとは何に対してだったのか?

「オレは、本当は何に対して怒っているのか......ってことを考えることがあるんですね。たとえば、現状のプロレスに対する怒りというのは、これはある意味、見せている部分であって、なりきっている面もあるんだけどね。だけど、やっぱりぬるい世の中とか、馬鹿になってしまった日本に対する怒りというのは、語り出すと血がガーッと上がりだしてくるというか。時代が時代だったら、それは革命を起こしうるくらいの怒りというか......。でも、おそらくそういうきれいごとの前に"欲望"なんですよね。

 師匠である力道山がやらなかったことをやろうという欲です。師匠は時代のヒーローであり、事業家としても成功していましたよね。そこの部分で『オレは金儲けじゃねえんだ』っていう、反面教師というか、師匠に対する反発心ということになるのかな。師匠とはちょっと違うね。世界的なスケールで何かを成し遂げたかったという。

 だから、よくみんな "無欲"という言葉を使うよね。『オレは無欲だよ』とか。でも、違うじゃん。そこには『無欲でありたいという欲望』があるじゃん。その欲望の形というのが、私欲というか、もっと言えば色欲とか、いろんな形があるけど、プロレスというエンターテイメントで人を喜ばすという快感というのも、なんらかの欲望を叶えている瞬間だろうし」

 人見知りで、勉強も運動もあまりできなかった僕は、いつか就職をしたり、結婚をしたりする自分の未来がまったく想像できなかっただけど猪木と出会ってから、就職も結婚もできなくても、ずっとこの人を見続ける人生を送りたいなと思った。

 そして、それは現実となった。猪木と出会い、40年以上が経っても、1日たりとも猪木のことを考えない日はなかった。それでなんとなく、飯が食えているという人生を送っている。猪木イズムの実践者にはなれなかったけれど。

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