錦織圭に「白羽の矢」を立てた世界的名コーチ 12歳の細身の少年にアガシやシャラポワと同じ「王者の資質」を見た
錦織圭という奇跡【第48回】
ゲイブ・ハラミロの視点(1)
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「ミスター・モリタに『君は誰が気に入った?』と聞かれた時、私は即答しましたよ。
『ニシコリだ』と」
ゲイブ・ハラミロ氏は眼光鋭く、約24年前の出来事をビビッドに回想した。
盛田正明テニス・ファンドの選考会。当時、IMGアカデミーのテニスディレクターを務めていたハラミロ氏は、数いる候補者のなかで錦織圭に白羽の矢を立てたという。
なぜか──?
それは、当時12歳の細身の少年に、トップアスリートの資質を見出したからだった。
錦織圭との出会いについて語ってくれたゲイブ・ハラミロ氏この記事に関連する写真を見る「盛田氏がファンドの奨学生をIMGアカデミーに留学させたい、そしてその担当者を私にしたいと言ってきた時、ならば自分で選手を選びたいと言いました。そこで実際に東京へ行き、選考会に立ち会わせてもらったんです。
選考会には、かなりの数の審査員がいました。テニスコーチだけではなく、心理学者やトレーナーなど、各分野のスペシャリストが集まっていたのです。みんなが紙の資料やパソコンに表示されたデータを見ているなか、私は事前情報や先入観を一切持たずに、オーディション参加者たちを見ていました。
多くの選考委員たちは、ゲンキ(富田玄輝)とフミ(喜多文明)を推していたようでした。このふたりが、国内で好成績を残していたからでしょう。でも私は、ケイをアメリカに連れていきたいと主張しました。なぜなら圭は、恐れを知らずにプレーしていたからです」
選考会では、身体検査や体力テストなどさまざまなプロセスを経て、最後に実戦形式のテストが行なわれた。コートサイドには盛田氏をはじめ、日本テニス協会のスタッフやデビスカップ監督など、重鎮たちがビシッとスーツに身を包み、顔を揃えている。
「想像してほしい。まだ12~13歳の少年たちにとって、どれほど重圧のかかる状況かを」と、ハラミロ氏は重々しく語る。
「フミやゲンキはコートに立った時、震えそうなほどにナーバスになっていた。当然です。でも、そのなかでひとり、ケイは違った。恐れることなく、果敢にショットを打ち込んでいた。『彼だ! 彼をアメリカに連れていく』と、その時、私は思ったのです」
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著者プロフィール
内田 暁 (うちだ・あかつき)
編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。2008年頃からテニスを追いはじめ、年の半分ほどは海外取材。著書に『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)など。













