2019.11.08

錦織圭いわく「修行に向かう仙人」。
杉田祐一がスランプから脱出した

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

「まあ……ちょっと……すごく難しいですが……」

 つぶやくようにそう言ったきり、長い沈黙が流れた。

 この1年半ほどは、どのような状態だったのか――?

 その問いに、彼は視線を泳がせて小さくうなると、「そうですね……。いや、ほんと大変でしたね」と、ようやく言葉を絞り出した。少ない言葉と沈黙の時間が、苦しい日々を逆説的に雄弁に物語る。

ストックホルム・オープンでは準決勝まで駒を進めた杉田祐一 今年7月のウインブルドンで予選を突破し、本戦出場の切符を掴み取った時のこと。それは、当時ランキングを258位まで落としていた杉田祐一が、3大会ぶりに戻ってきたグランドスラムの舞台だった。

 2年前のこの時期、彼は間違いなく、日本テニス界のフロントランナーだった。

 2017年6月にアンタルヤ・オープンでATPツアータイトルを獲得した彼は、同年10月に世界ランキング36位に到達する。これは錦織圭に次ぐ、日本人歴代2位の記録。さらに当時は、錦織が手首のケガで戦線離脱していたこともあり、杉田は国別対抗戦等でエースの大役を担った。

 翌2018年1月の全豪オープンでも、杉田は初戦で当時世界8位のジャック・ソック(アメリカ)を破る。

「今まで経験できなかった緊張感を感じられるのが、本当にうれしい。もっともっと、こういう試合をできる場所に行きたい」

 28歳にしてブレイクスルーの時を迎えた彼は、これから目にするだろう未知なる景色への期待に顔を輝かせていた。

 そのわずか数カ月後――。

 長く暗いトンネルの始まりは、果たしてどこだったろうか?

 年間70~80試合を戦うテニス選手にとって、敗戦は言わば日常の一部だ。ましてや当時の杉田がいたのは、世界最高峰のツアー大会。トップ選手相手に惜敗がひとつ、またひとつと続いたとしても、それはむしろ彼がこの舞台を主戦場とする証だと思われた。

 だが、勝利のない春が過ぎ、初夏を迎えても勝ち星に見放された頃、彼のなかで何かが崩れ始めていた。

「自分のテニスがわからない。どうやってポイントを取り、どう勝負を仕掛けていたのか、思い出せない……」