全仏初勝利のダニエル太郎が語る
「27歳で迎える東京五輪」 (3ページ目)
13歳で渡欧してから、日本に来ることはそれほど多くなかったダニエル。だが、2年前にデビスカップ(デ杯)の日本代表に緊急招集されて以降、母親の祖国を訪れる機会が増え、日本のファンとの親睦も深めてきた。日本テニス界や文化は、彼の目にどのような景色として映っているのだろう?
――昨年は10月の楽天オープンに出る機会もありましたが、欠場してヨーロッパの大会に出ましたよね。なぜその選択を?
ダニエル あのときはデ杯の直後だったし、ランキングもトップ100に近いときだったから、ポイントを確実に稼ぎたかったんです。翌年1月のオーストラリア・オープン出場を確実にしたいな、と思っていたので。
それで、ヨーロッパのチャレンジャー(ATPツアーの下部レベル大会)に行ったんだけど、全然ダメで......(笑)。楽天に行けばよかったな、と後悔しました。毎回、そういうふうにポイント獲りにいくと、絶対にいい結果じゃないんです。だから、守りに入っちゃダメだなと思いました。
――その後、11月に日本のチャレンジャー2大会に出て、兵庫で準優勝、横浜では優勝。日本のファンの前で結果を出した気分は?
ダニエル 緊張は意外としなかったけど、観客の多さにすごくビックリしました。でも、やっぱり嬉しいですね。人が観に来てくれたほうが、自分のやっていることに価値があるんだな、と思えるので。
いつもアテンション(注目)されるのはよくないと思うんですが、ずっとスペインにいるので、普段はチヤホヤされないから。たまに日本に行って、ああいうふうなことがあると、「僕も本当にプロで、人気のあるところもあるんだな~」って(笑)。実感できたのが嬉しかったです。
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