ハンパじゃない。錦織圭「世界8位からの戦い」 (3ページ目)

  • 内田暁●文 text by Uchida Akatsuki 真野博正●写真 photo by Mano Hiromasa

 年間を通じて成績を残すことの困難さは、今後、確実に狭まっていくだろう錦織への包囲網に加え、彼が自分自身に課す期待も関連してくるだろう。そのことは、先人たちが築いた歴史が証明している。

 たとえば、アンディ・マリー(イギリス)は2008年の全米オープンで初めてグランドスラム準優勝を遂げたのち、ようやく4大大会の賜杯をその手に抱くまで、実に4年の年月を要した(グランドスラム初優勝は2012年の全米)。現在世界1位のジョコビッチですら、初優勝からふたつ目のタイトル獲得まで3年かかった。もっと最近の話だと、今年1月に全豪オープンを制したスタニスラス・ワウリンカ(スイス)は、その後、全仏で初戦敗退、ウィンブルドンと全米ではベスト8の結果に留まっている。全仏での初戦敗退後にワウリンカは、全豪タイトルが自身にもたらした精神面の変化を、「世の中すべてが、これまでと違って見えるようになった」との言葉に込めた。

 好成績による負の側面が多分にあり、試合や練習中で思いどおりに行かないと、「こんなはずではない、もっと俺はできるはずだ」との思いに苛まれて自分を追い詰めてしまったと、ワウリンカは言う。さらに彼は、「ジョコビッチやロジャー(・フェデラー)、(ラファエル・)ナダルたちが、どうやって彼らを取り巻く状況と折り合いをつけているのか、僕には分からない。試合で彼らに勝つことと、あの地位にずっと居続けるのは別次元の話だ」と、胸の内を吐露している。そんなライバルの素朴な問いに対し、ジョコビッチはシンプルに、「僕の経験からしても、そのような状況に馴れるには時間と経験が必要だ」と解答した。錦織にも今後、そのような『時間』が必要になるのかもしれない。

 錦織圭が目指すのは、今いる『1375万分の1』ではなく、1億1000万人の頂点だろう。「いつかは世界1位、そしてグランドスラムで優勝したい」との本人の言葉にも、強き覚悟が反映される。

 その「いつか」が、いつなのか……。もしかしたら、周囲の予想より早いかもしれないし、それ相応の歳月を要するのかもしれない。ただ、いつの間にか、錦織という個人の活躍に自らの願いや夢を重ねるようになった我々に求められるのは、彼が身を置く世界の過酷さを少しでも正しく理解し、機が満ちるその時を、待つことではないだろうか?

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