「クレー大嫌い!」のクルム伊達が43歳で見えてきたもの (2ページ目)

  • 内田暁●文 text by Uchida Akatsuki photo by AFLO

「私の場合は、ある程度試合数をこなして調子が上がるので、ダブルスで試合勘を上げていきたいというのがあります。あとは、ダブルスが好き」

 クレーシーズンの次には、クルム伊達が最も楽しみにしている「芝のコート」が待っている。その大好きな季節に向けて、クレーにもテーマを持って挑み、実戦を経て調子を上げる狙いがあったという。

「このサーフェスの中では、攻め方として、自分が何をやるべきなのかを考えている。当然、フィジカルで20代の選手と競ったら難しいところがあるし、ラリーの中でのパワーは敵わない。そこをカバーするために、どういうテニスをすれば良いかを考えているし、その中でここ数ヵ月、また良くなってきたのが展開の部分。クレーでもそれができているので、手応えを感じています」

 クレーは、クルム伊達のテニスの感性を封じてしまうコートである。だからこそ、彼女はいつも以上に、考えに考える――。明晰な頭脳と豊富な経験は、43歳となった彼女が誇るユニークな武器だ。彼女の本能を消すクレーは、逆説的に、クルム伊達の「知性」という魅力を浮き彫りにする場所でもある。

 例えば、今大会のシングルス戦でこんな場面があった。第2セット最初の、パブリュチェンコワのサービスゲーム。相手のセカンドサーブになると、クルム伊達はリターンのポジションをグッと前に上げる。その動きが気になった相手は、圧力に屈したかのようにダブルフォルトを犯してしまった。続くポイントでは、バックサイドに振られたクルム伊達が、とっさにラケットを左手に持ち替えてボールを打ち返す。予想外の返球に慌てた相手は、緩いボールを返すのが精いっぱい。その浮いた打球を、クルム伊達がボレーで豪快に叩き込んだ。

「キミコは決して諦めないファイターだし、プレイスタイルも独特。私はナーバスになり、それを感じただろうキミコは、より勇気を持って攻めてきた」

 パブリュチェンコワは、第2セットでクルム伊達との心理戦に敗れたことを、そう素直に認めている。

 では、コートに立つクルム伊達の頭脳には、どのような思考が、いかなるプロセスで激しくせめぎ合っているのだろうか? テニス界きっての、戦略家は言う。

「テニスは、戦略だけでも、パワーだけでもない。必要な時に、必要なものを使えるかの判断がないと勝てない。でも私の中では、ケガや体力の不安が常にどの瞬間にもあって、それを気にしないでプレイできることがないんです。その不安が戦略を邪魔することもあるし、自分自身がブレることもある」

 信念と、常につきまとう不安との綱引き――。その繊細な均衡が、彼女を思考の泥沼に引きずり込むこともあるという。

「自分の中での駆け引きというか......足し算、引き算が難しい。難しさに迷って、思い込みすぎたり、『ケガしたくない』と考え過ぎてしまい、そのせいでパフォーマンスが落ちてしまっているのでは......と考えてしまったり」

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