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鋭い観察眼と勘で勝つ。伊藤美誠が
楽しむ卓球で異次元の強さを見せた (3ページ目)

  • 城島充●文 text by Jojima Mitsuru
  • 中村博之●撮影 photo by Nakamura Hiroyuki

■「何をしてくるかわからない」伊藤の真骨頂

 100m走をしながら、チェスをするような競技――。

 卓球というスポーツをそう定義したのは、第3代国際卓球連盟会長で、ピンポン外交官としても活躍した故・荻村伊智朗氏と言われている。だが、史実を正確に振り返ると、荻村氏が卓球に例えたのはチェスではなく、カードゲームの「ブリッジ(※)」だった。

(※)向かいに座った者をパートナーとする2組4人で行なうゲーム。それぞれ13枚のカードを受け取って1枚ずつ13回カードを出していく。カードには強弱があり、1回ごとに誰が一番強いカードを出したか(トリック)によって得られるスコアを、パートナーと共に多く獲得したコンビの勝利となる。

 チェスとの決定的な違いは、相手の持つカードが見えないこと。卓球もネット越しに対峙した相手の手の内を読むところに高いゲーム性がある。荻村氏はそのことを言いたかったのだ。

 自宅のリビングに置いた卓球場で、幼少期から娘を徹底的に鍛えた伊藤の母、美及りさんは「相手の選手が、美誠が何を考えているのかわからなくて混乱してしまう。私は美誠をそんな"卓球のバケモノ"みたいな存在に育てたかった」と筆者に語ったことがあるが、まさに今大会の伊藤は母が目指した領域に足を踏み入れ、荻村氏が伝えたかった卓球の魅力を体現していたのではないか。

「何をしてくるのか、まったくわからなかった。逆にこちらのプレーは見透かされているみたいで、ポイントを取れるプレーがどんどん限定されていって......。そうなると、その一本に力が入ってミスをしてしまう。そんな流れが続いてしまいました」

 勢いを止められた早田のコメントは、そのことの証左でもある。

 なぜ、相手のプレーを予測できるのか――。

 早田の言葉を請けてそう質問した報道陣に対し、伊藤は「相手の動きはよく見ています。そのあとは勘です」と短く答えた。自分と同じ勝負師の気質を持つ、年下の俊英との決勝で見せたのは、メンタル面での成長だった。

 3ゲームを連取して迎えた第4ゲーム。伊藤は9-3と連覇が目前に迫った状況から8連続失点を許し、そのままこのゲームを木原に奪われてしまう。

 観客の中には、準々決勝の佐藤戦で木原が見せた粘りを思い起こした人もいただろう。さらに時計の針を巻き戻し、2016年リオ五輪の団体準決勝(対ドイツ)で、当時15歳だった伊藤が勝利に手をかけながら、7連続失点で崩れたシーンが脳裏をよぎった人もいたかもしれない。

 しかし、伊藤自身が「これまでだったら頭が真っ白になっていた」と振り返った第5ゲームは、彼女の独壇場になった。

 強烈なフォアハンドのスマッシュを決めたかと思うと、新たな代名詞になりつつある「逆チキータ」でレシーブエースを奪うなど、6連続得点を重ねて圧倒。ネットにかかったボールをトリッキーな技で相手コートに返して会場をどよめかせたシーンは、まさに女王の貫禄を感じさせるものだった。

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