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【連載】八村塁がレイカーズに残した足跡とクリッパーズの現在地「僕はオールスターでも、スーパースターでもない。だからこそ大事なのは......」 (2ページ目)

  • 宮地陽子●取材・文 text by Yoko Miyaji

【ロサンゼルス拠点2チームのライバル関係の変遷】

 クリッパーズのヘッドコーチ(HC)、ティロン・ルーは現役時代、ルーキーから3シーズンをレイカーズで過ごしたあと、ワシントン・ウィザーズに移籍して初めてステープルズ・センター(現クリプトドットコム・アリーナ)に戻ってきた時について、次のように思い返していた。

「ベンチも、ロッカールームもいつもと反対側だし、本当に変な感じだった。選手として育ててくれた人たちと対戦することになって、奇妙な感じだった」

 しかし八村は、"いつもと反対"という状況さえ楽しんでいるように見えた。アリーナに到着した時には、カメラに撮られているのをわかっていて、間違えてレイカーズのロッカールームに入るふりをして、おどけてみせた。

 クリッパーズの選手紹介で最後に八村の名前が呼び上げられると、それまでほかの選手にはブーイングしていたレイカーズ・ファンも歓声で八村を迎え、タイムアウト中に「お帰りなさい」の言葉とともにレイカーズ時代の八村の動画が流れると喝采が起きていた。

 その時のことについて聞かれると、「(動画に)気づかなかったので(最後のほうだけ)見たんですけど、歓声も聞こえて。クリプトに戻って、レイカーズのファンの前でまたプレーができてすごくうれしかったです」と笑顔を見せた。

 普通、NBA選手が移籍したあとに古巣について思い出すのは、こうして対戦する時くらいだろう。しかし、八村のようにレイカーズからクリッパーズへの移籍の場合は少し特殊だ。

 何しろ、同じロサンゼルスを拠点とする2チームで、街にはレイカーズのロゴがあふれている。レイカーズがNBA優勝17回の名門チームなのに対して、クリッパーズはNBAファイナルに進出したこともなく、歴史が違う。人気でもクリッパーズはずっとレイカーズを追いかけてきたのだ。ロサンゼルスのなかでの存在感は今でも圧倒的にレイカーズのほうが大きく、クリッパーズの一員になっても、日々の生活のなかでレイカーズの存在から離れることはない。

 2014年にスティーブ・バルマーがクリッパーズのオーナーになったあとは、クリッパーズも補強に力を入れ、実力では肩を並べるどころか、優位に立つようになった。2014-15シーズンからの直近12シーズンで比べるとレギュラーシーズンの勝率ではクリッパーズが59.6%でレイカーズが47.4%、直接対戦はクリッパーズの33勝14敗と、優勝回数(レイカーズ1回)以外はクリッパーズのほうが上回っている。それだけにお互いに負けられないというライバル心も強く、八村も次のように明かしていた。

「クリッパーズとレイカーズのライバル関係は本物。僕が反対側(レイカーズ)にいた時も、いつも(クリッパーズ戦前に)『この試合には勝たなくてはいけない』と言い合っていた」

 それだけ意識し合う関係だけに、宿敵クリッパーズに行った八村に対して、あれだけの喝采が起こったことに意味がある。それだけレイカーズのファンから愛されていた選手だったのだ。

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