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最高のお手本は「先輩・河村勇輝」168cmのポイントガード轟琉維は「小柄だからこそできることもある」 (2ページ目)

  • 永塚和志●取材・文・撮影 text & photo by Kaz Nagatsuka

【SLAM DUNKは読んでいない】

「8」をつけてもいいか──。

 轟は河村本人にも"仁義"を切っている。だが、その切り方はインスタグラムのダイレクトメッセージでと、いかにも現代の若者風だ。

 河村からは「頑張れ」という趣旨の返信があった。"河村二世"として、赫々たる先駆者のたどった轍(わだち)を踏む権利を得た。

「自分はぜんぜん速くないと思っています」

 自身と河村とのスピードを比べてどう思うか問うと、轟は殊勝にそう答える。

 しかし、ボールを力強く、一気にリング近くまで運ぶスピードは、同世代のなかでは群を抜く。かといって、猪突猛進のごとく頭を下げて突っ込むというのではなく、味方の位置を把握しながら、瞬時にノールックのパスを決めてみせる。

 まるで河村のようなプレーぶりだが、轟自身もそこは自覚している。

「勇輝さんのプレーをマネしようと思ってやっているところもあるので、似ているのかなと思います」

 バスケットボール以外の競技にとりたてて興味を向けることもなく、ひたすら自身の向上に務める。

 世代の違いもあってのことだろうが、人気バスケ漫画『SLAM DUNK』も「あまり読んでいない」という彼。どんなキャラクターが登場するかも知らない(2022年12月に封切られたスラムダンクの映画版『THE FIRST SLAM DUNK』については「少し見てみたいなと思います」と口にした時は、少しだけ普通の高校生らしさを感じさせたが)。

 小柄なPGの先駆けで、日本バスケットボール史においても象徴的存在の田臥勇太(宇都宮ブレックス)についても、あまり見たことがない。秋田県立能代工業(2021年に秋田県立能代西高校との統合で秋田県立能代科学技術となった)で田臥が1990年代後半に3年連続全国タイトル3冠を達成したことなどの偉業について「聞いたことはあります」という程度でしかない。

 2004年生まれの轟にとっては無理もないことだ。そうしたことも含めて、彼は新時代のガードだと言えるだろう。

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