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【NBA】デリック・ローズが語る「リハビリ、震災復興、そして新シーズン」 (2ページ目)

  • 水野光博●構成・文 text by Mizuno Mitsuhiro 高須力●撮影 photo by Takasu Tsutomu, AFLO

選手生命を奪いかねない靭帯断裂から1年半。ローズが再びコートに帰ってくる選手生命を奪いかねない靭帯断裂から1年半。ローズが再びコートに帰ってくる――昨シーズン中、「110パーセントの状態になるまで復帰はしない」と発言していました。今の状態は、何パーセントですか?

デリック・ローズ(以下、ローズ) 110パーセント以上。

――復帰がささやかれるも、昨シーズンを全休したことで一部のファンから批判も浴びました。

ローズ もちろん、昨シーズンだってプレイしたかった。しかし、手術を受け、リハビリをしなければいけなかった。やっと歩けるようになり、走れるようになった。プレイはできたかもしれない。ただ、48分間、ダブルチームされた場合に不安があった。今は、そんな不安はまったくない。

――長期のリハビリの支えになったのは何でしょう?

ローズ 息子が常にそばにいてくれたことだ(2012年10月、第一子となるデリック・ローズ・ジュニアが誕生)。息子が見ていた。だから、俺は頑張れた。あの子が大きくなった時、きっと何かに夢中になるだろう。その時のために、「父はバスケを頑張っていた」という姿を見せたかった。

――なるほど。

ローズ 結局、後悔しないようにトライするだけだ。どんな逆境でもトライすれば、いい方向に物事が進むと信じている。どんな選手にだって、何かしらのトラブルは起こる。俺がケガをしたように。しかし、どんな壁が現れても、ひとりの男として、それを乗り越えなければいけない。

――2011年に東日本大震災が起きた10日後、試合で1得点を挙げるごとに1000ドル(約8万1000円)を寄付するという活動を行ないました。その活動も、今、語った信念からでしょうか?

ローズ そうだ。国籍も人種も関係ない。困っている人がいるなら、手を差し伸べたかった。

――9月6日(取材翌日)、東日本大震災の被災地である仙台でバスケクリニックを行ないますね?

ローズ 復興のために自分ができることを続けていきたいからね。いろんな人が、俺に敬意を持って接してくれる。俺も同じように、敬意を持って接する。それだけのことだよ。

――シカゴ市民や世界中のファンからの期待は大きく、常に結果を求められています。復帰することに今、プレッシャーは感じていませんか?

ローズ まったく感じない。もちろん、ブルズファンの期待が大きいことは感じる。シカゴには、多くのプロスポーツチームがある。それでも、シカゴという街は、『バスケットボール・シティ』なんだ。なぜなら、マイケル・ジョーダンがプレイしていた街だから。期待を背負ったほうが、俺はいいパフォーマンスを発揮できる。

――ケガしたことを、もしひと言で表すならば?

ローズ ケガをしたことで、得たものも大きい。ブルズの試合を客観的に1シーズン見て、研究することができた。また、本来なら遠征が多く、子どもと長時間過ごせないはずが、一緒にいることもできた。そしてなにより、こうしてケガから戻ってくることができた。だから、ひと言で表すなら、それは『Blessing(神の恩恵)』だったと思っている。

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